数学に関するエピソード(4)

1つの受精卵から始まり、細胞分裂を繰り返しながらやがて生物独特の複雑な形態がひとりでにできあがっていく、その神秘に満ちた生命の形づくり。そのメカニズムを最初に提案したのは数学者だった。いったいどんなアイデアだったのだろう。

拡散という現象を知っているでしょう。熱いものと冷たいものをくっつけると熱いものは冷め、冷たいものは暖まり、やがて2つは同じ温度になっていきます。これは熱拡散と呼ばれます。同様に、水を張ったタライにインクを一滴垂らすと、だんだん拡がっていき、やがて均一な色合いになっていきます。これは物質拡散です。このように、拡散とは均一化をもたらすもの、それが我々の常識ではないでしょうか。
ところが、イギリスの数学者アラン・チューリング(A.I分野でも多大な業績を残しています)という人は、この拡散こそが、形が自発的に形成されるための根本的なメカニズムを持っていると提唱したのでした(1952)。
当時の人には全くのパラドックスでしたが、チューリングは反応拡散系と呼ばれる微分方程式を用いて、2種類の物質が相互作用しながら異なる速さで拡散すると、形が自発的に生まれる可能性があることを数学的に示したのでした。
それは数学だけが語りうる、直感だけでは説明することのできない現象でした。その後、その考えは自己組織化や散逸構造といった、ノーベル賞につながる分野へと発展していきます。北大数学ではこれらの基礎となる微分方程式、力学系や関数解析などの数学理論、および数値解析や数理生物など応用に関連する内容を学部3・4年の講義において学びます。