OB・OG聞く(アルベールロドリゲスムレーさん)

『論理的に考える力』はかなり大きな武器になるんじゃないかなと思います

Albert Rodríguez Mulet (アルベール・ロドリゲス・ムレー)さん
(株)東芝 総合研究所 AIデジタルR&Dセンター アナリティクスAI研究部
(令和元年9月 数学専攻博士課程修了)

Q: 北海道大学に来ようと思ったきっかけについて教えてください。 

アルベールさん(以下A): まずは、背景から説明しますね。学生時代に母国の大学で数学を勉強していまして、学部と修士を修了しました。それで、学部と修士の間に1ヶ月間、日本の語学学校に来ました。いわゆるホームステイありの留学ですね。なんというか、プライベートでやりたかったからで、数学とは全く関係ないところでなんですよね。その1ヶ月間で、ホームステイの家族と日本での日常や大学生活について喋ったりして、日本で進学してみたら?みたいな話もして、「あ、確かに大学の勉強も日本でちょっとやってみたいかも」という、本当にふわっとした考えがあったんですけど。だからと言って、その時は具体的に「これをやろうか」という行動を全く起こすことなく、当時はそのまま母国で修士を修了しました。

修士を修了した後は、母国の塾で働き、数学を教えました。1年ほど仕事をしていたら「もう少し高度な数学をまたやりたいな」、「大学に戻りたいかも」、「だったら日本の大学で博士号を取りたいな!」と考えるようになりました。やっぱり、先ほどの留学の経験もありましたので、日本の文部科学省の奨学金を自分で調べて応募しました。応募するのに条件がいくつか必要だったのですが、一つは日本の大学の先生から受け入れの承諾を得ていることでした。日本の大学の数学のテーマを一通り調べて、寒い地域に住んでみたかったのと、神保先生のテーマに興味を持ちましたから、北海道大学にしたわけです。

Q: 敢えて日本にと考えたきっかけなどあったのですか?

A: 一番単純で分かりやすいのは、日本が好きだからですね。小さい頃から日本に憧れがありまして、どんな憧れかというと、そうですね、技術的にやっぱりもう未来だという、すごい進んでいるなというイメージがありました。それで、テレビでもアニメが結構放送されていたので、日本の文化に触れるチャンスじゃないですが、当時は結構インプットがありました。

Q: アルベ-ルさんの地元では日本のアニメや文化に比較的触れられる環境だったのですか ?

A: まだ全然マイノリティーではありますけど、比較的多いかもしれません。

Q: アルベールさんが漢字検定の級を持っているという話を他から伺っていまして。漢字検定は日本人が勉強してもとても難しいものなのですが、漢字を覚えることは日本文化に触れるというより語学学習ですよね。大変ではなかったですか?

A: 漢字検定準一級を持っています。漢字は特に、日本語だと1文字にたくさんの読み方があって、その文脈によっては区別しなければならないんですね。それがパズルゲームのようで、めちゃくちゃ楽しいなと思ったわけです。確かに、日常会話や業務でまったく使わない語彙や四字熟語を覚えたり、古典・漢文っぽい文章を読ませるといったところは特に大変でしたけど、その大変さもまた楽しかったです。

Q: 勉強とは少し違う感覚で取り組んでいたのですね。

A: 何というか、好きでやっているので。勉強のように義務感は感じていなくて楽しいからやっていますね。

Q: 北大の博士後期課程を修了して就職されましたが、数学の研究でやってきた内容と、今の仕事の業務内容と、関わりがありますか?

A: そうですね。今の業務内容で言うと、ちょっとやっぱり離れているという風に思います。だからと言って、数学を一切使ってないわけではないんですね。自分は機械学習の研究をしていますが、機械学習と数学はすごく深く絡んでいるので、数学が分からないと機械学習もできないわけですね。だからそういう意味で、数学の知識があると非常に役に立ちます。

Q: 現在、東芝にお勤めですが、就職活動は一般企業に就職すること一本で考えていたのか、それともアカデミア、研究者であったり、母国の方に戻られて教育関係の方に行くとか、考えたりはしたのでしょうか。また、インターンシップへの参加など、何か事前準備はしましたか?

A: まず、母国に帰ることは全く一切考えていませんでしたので、日本に残るために色々努力しました。そして一般企業かアカデミアかについてですけど、最初はちょっと分からなかったんですよね。「先輩がなんか就職活動しているな」ということが分かって自分でも調べてみました。アカデミアはどんなものなのか、そして企業はどんなものなのか、ということですね。それで、少しずつ「企業に行きたいな」と思うようになりました。もう少し応用とかそういう具体的なモチーフがあって、やってみたいなという風に思った次第です。その過程で、インターンシップには2回行きました。

Q: アルベールさんの母国でいう『就職活動』は、学生の活動の仕方に日本との違いはありますか?

A: 私の知っている限り、卒業・修了前から就職活動に力を入れるケースは少ないと思います。大学側から個別に応援とか、企業説明会を開いたりなどはあまり聞きませんでした。就職活動に関して日本はすごく親切で手厚いなと思いました。

Q: インターンシップに行った時に他大学の学生はいらっしゃいましたか?博士課程の方のインターンシップは、学部や修士の方々のように決められた応募期間にエントリーするのではなく、随時受け入れのものに応募する形が多いと聞きますが。

A: 私が行った時は残念ながら他のインターン学生はいなかったので、学生同士の交流はできませんでした。都度希望する学生がいれば受け入れるという制度だったので、1つ目は3週間、2つ目は1週間だけのものに参加しました。最初の3週間のインターンシップは、内容が研究っぽかったです。

Q: インターンシップの内容で得たイメージと、実際に入ってみてされている業務は大体近い感じですか ?

A: 近い気がします。やっているテーマは全く違うかもしれませんけど。何でしょう、やり方というか、進め方はそれなりに似ていると思っています。インターンシップの時は課題がもう決まっていたので、その課題に対して何かやる感じでした。会社に入って最初の期間は、確かに課題があるんですけど、それが終わったら課題を自分で考えることになりますね。

Q:就職活動をしていた時はまだ大学に在籍していたので、研究活動も同時にされていたと思いますが、同時進行で大変だったことはありましたか?

A: 多々ありましたね。私、残念ながらマルチタスクが結構苦手でして。多分平均より少し遅く就職活動を始めたので、研究をやりながらの就職活動は大変でした。10月入学というのもあって、博士論文を書く時期とインターンシップ参加がもろ被りしてしまって、すごく大変だった記憶があります。ですので、もう少し早く就職活動を始めていたら、余裕ができたんじゃないかなと思います。

Q: いつ頃就職活動にフォーカスしたのですか?

A: そうですね。本格的に始めたのはD3になる直前です。私は10月入学ですので、2018年9月ですね。インターンシップに参加したのは、2019年の2、3月ですので、D3になってまだ半年経ってない時でした。就職活動を始めて、企業研究をやって、交流会をやって、インターンシップに行って、内定が決まって…。多分、半年強で全部やりましたので結構大変でした。

Q: 論文を書きながらインターンに行って就職活動するのは結構大変そうですね。D1に入ってから将来設計を少しずつ考えていくことはとても大切なのですね。

A: そうですね。ただし多分、私の場合はまたちょっと特別で。博士課程に入ってすぐに就職について考えもしなかったですね。私からすれば、日本に来たばかりなので、「日本だ!」ということだけで頭がいっぱいでめちゃくちゃ幸せでしたので。だから、すぐとかじゃなくても、しばらくして、やっぱり「これからどうしようか」と、もう少し考えたかったなと思いますね。

Q: 大体イメージ通りの仕事で、入る前と後とギャップはそんなに感じずにスムーズに馴染むことができたのですね。

A: 私の場合はそんなにギャップを感じなかったですね、先ほども言ったように自分のテーマを考えるべきなのと。あとはそうですね、大学と企業の主な違いかもしれませんけど、企業はビジネスを考えるとか、世の中や社会に役立つものを考えるとかは違うなと思ったところです。機密情報とかも、自分がやっていることを簡単に誰にも言えるわけではないというね。それをちょっと注意すべきですね。

Q: 今までずっと数学をやってきた部分が、現在の仕事への向き合い方などに役立っていることはありますか?

A: まずは先ほどの回答の繰り返しかもしれませんけど、やっぱりそういう基礎を勉強したから、今の仕事に慣れるのにそんなに時間はかかりませんでした。あと、やっぱり機械学習だと数式が多いですよね。だから数式を読むのがそれなりに早かったという利点もありました。もう少し抽象的な話をすると、数学だと問題の設定を明確化するとか、課題を見つけるとか、そして課題を解決するためにどんな方法を考えるとか、論理的に考えるのが数学の強みだと思いました。

Q: アルベールさんは解析が専門でしたよね。機械学習と解析の親和性はどうでしょうか ?

A:多少ですかね。結局、機械学習は、何らかの関数を使って何かを近似していますので、その関数の性質を知ることが大事だと思います。偏微分方程式じゃないですけど、機械学習を記述する関数空間に関する論文もいっぱいあります。

Q:関数空間って、例えばソボレフとかそんな可測関数が相手になるのでしょうか。 そんな性質を使えるのはいいですね。解析をやっていると結構有利。 コンパクト性とか使えたらすごくいいですけどね。

A: そうですね。でもそれは、機械学習で確かに使うといえば使うんですけど、企業で使うかはまた別の話です。

Q: 今後、数学を理解している人がたくさん民間企業に就職することはとても良いことだと思います。最後にこれから北大の数学専攻を受けようと思っている方に、メッセージやアドバイスをお願いします。

A: 世の中にはたくさんの曖昧な問題がある中で、数学は本質を見極める力があると思うので、数学だけではなくて、数学の答えを導き出す過程にも意味があるので、そういう「論理的に考える力」はかなり大きな武器になるんじゃないかなと思いますし、生かせる場面が必ずあると思います。そして楽しくやることが一番大事ですので、楽しくやりましょう。好きだと思ったら、是非やってください。

 

※ご職業、ご所属等につきましては、インタビュー当時のものです。

取材日:2025年8月1日