【超領域対談】すべての自然は式で記述できるか:
石川 剛郎 教授[数学科]× 網塚 教授[物理学科]

意外と近い数学と物理の関係

網塚 浩 教授(以下、網塚): 数学と物理は深い関係があるといつも感じています。

石川 剛郎 教授(以下、石川): 私も同じように思います。

網塚: 物理は数学の言葉なしには表現できない事象がたくさんあります。一方で、私は数学者がひらめく瞬間というのは、物理現象とは関係ないところで起こっているのではないかと感じていますが、純粋数学というのは、そういうものなのでしょうか。

石川: 場合によると思います。数学と物理は近くもあり、違うところもあり、さらにつながっているところもあります。アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』からわかるとおり、数学は物理と密接に関係して発展しています。数学も物理的な世界の影響を受けているのだろうかと想像すると、とても楽しくなりますね。

網塚: 解析学がなければ、ニュートン力学も電磁気学も生まれなかったわけですが、その分野を創ったのはニュートンであり、ライプニッツであります。でも、そう考えると、ニュートンは物理学者なのか数学者なのか、分からなくなりますね。

石川: 昔はそのような区別がなく、自然哲学という広い分野でした。物理現象の理解に役に立ちたいという姿勢は、数学の発展のモチベーションになっています。そのモチベーションがなければ、きっと誰も数学なんかやらなかったと思います。

網塚: 純粋数学というのは、定理や公理という論理的な構造からできあがったものなので、自然科学とは一線を置いたところにあるのかな? と思っていました。

石川: その通りですが、そこに至るまでは、自然現象を研究するのも目的の一つとなっています。物理からのインスピレーションあるなしで、研究の進み方に大きな違いが生まれるのではないかと思います。

研究のために新しい物質を作る。まるで錬金術

網塚: 私は物性物理学が専門です。実験によって物質の性質を調べるので、物質がないと研究することができません。J-マテリアル研・試料作製室は、新しい物質を作るための試料作製の部屋です。たくさんの珍しい元素や貴金属があって、お金に換算すると結構な額になります。4極(テトラ)アーク炉という、金属の元素を混ぜ合わせて新しい物質を作る装置もあります。

石川: 新しい物質を作るというのは、特別な理論や仮説があって行うのですか。

網塚: このような結晶構造の物質があるから、違う元素で入れ替えてもできるはずだというような、ある程度の予測があって実験するときもありますし、まったく新しい物質を探すために、適当な物質を混ぜ合わせ、分析して、新しい組成を見つけるということもあります。

石川: なるほど。

網塚: 錬金術みたいですが、このようにして私の研究室では特定の元素を含む化合物を作って、新しい磁性体や変わった性質を示す物質、超伝導体のような物質の発見を研究の目的としています。実験系は試行錯誤の連続です。

論理的に説明できないところがあってはならないのが、数学

網塚: 昔の物理学者は、理論も実験も両方やっていましたが、近代は、理論系と実験系に別れて分業しています。私は実験系なので、手を動かすことが大切になります。一方で理論系の研究者は、数学者に近い研究をしていて、数学を駆使して新しい理論の構築や、新しい現象の予言、すでに観測されているけれども理屈がよく分からない謎を理解するための理論の構築をしています。数学はツールとして必要なものです。同時に数学的な構造の中から、本当に新しい現象が予見されるようなこともあります。つまり、物理は数学の奥深さの中から非常に多くのことを学んでいると思います。

石川: 物理の場合は、やはり実際に検証して、現実とは違っていたら、いくらきれいな理論でも、あまり意味が無いと判断されてしまいますか。

網塚: その通りです。ですから、たくさん出される理論の論文や方程式の中から、自然現象と合致するものだけが残っています。しかし、過去に立証された数理モデルが、新しい実験によって脚光を浴びるということもあり、面白い世界です。

石川: 数学の場合は、現実を度外視しても正しければ生き残ることができます。生き残って、将来別の学問で役に立つかもしれません。そこが物理と違う部分かもしれません。数学は物理から刺激を受けていますが、数学的に証明され完結していなければなりません。

網塚: 論理的に説明できないところがあってはならないということですか?

石川: おっしゃる通り、そのような厳密さが数学では重要です。

理学は理屈。実験や証明できちんと結論を出す

網塚: 石川先生は、いつごろ数学者を目指そうと思ったのですか。

石川: ちょうど高校生のときに、広仲平祐先生が数学のノーベル賞といわれている「フィールズ賞」を受賞されて、大きなニュースになりました。受験のときだったこともあり、数学をやってみようと思いました。私はずぼらな性格なので、実験は向いていないだろうと感じていました。数学だったら、ボーっとしていても大丈夫かもしれない(笑)…実際はそうではありませんでしたが。

網塚: 数学という営みは、楽しいですか? それとも、大変ですか?

石川: 楽しくなければやっていません。普通の地味な計算もつらいということはありません。中でも心から楽しいと感じる瞬間は、何かをひらめいたときです。めったにありませんが、新しい問題を見つけたときや、何年かけても解けなかった問題へのアプローチを見つけたときは興奮します。

網塚: 北大理学部には数学もあれば物理もあり、化学や生物もあって、地学に宇宙惑星関係の研究もあって、いろんな分野が網羅されています。子どものころの素朴な疑問が、大学で理学部の物理に来て初めて、世の中でどこまでが本当に解明されていて、どこからが誰も分からずに研究していることなのか、知ることができました。

石川: それは大事なことだと思います。理学というのは、要するに理屈です。ことを説明するのに「何かうまくいっているから、これで良さそうだ」で納得せずに、最後は実験や証明できちんと結論を出す。ここまでは分かっていて、ここからは誰も分かっていない、という部分をはっきりさせていく。

網塚: 時々大きな発見があるかもしれないけれど、通常は小さなステップを踏んでいき、そこがしっかりした知識の基盤になって、正しいと結論づける。例えば実験だったら、この誤差範囲内でここまでは断言できるということをきちんとした形で報告し、世界の研究者がその次のステップを踏んでいくというような、基本的には地道な活動を行っているということですね。

石川: 基礎研究はとても大事なことです。

網塚: 基礎研究の中で、物理と数学はかなり近いところがあって、お互いに助け合って発展していくすばらしい関係です。

石川: 教育者としても、研究者としても、私たちは良きパートナーです。

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