【超領域対談】試料(サンプル)刻まれた進化を読み解く:
黒岩 麻里 教授[生物科学科生物学]× 圦本(ゆりもと)尚義 教授[地球惑星科学科]

同位体顕微鏡で太陽系の起源を知る

圦本 尚義 教授(以下、圦本): 私の研究テーマは太陽系の起源と進化で、隕石など、宇宙空間に存在する固体物質のうち地球のような天体の表面に落下した物質の分析をしています。そのために、同位体顕微鏡という、大きな装置を使っています。

黒岩 麻里 教授(以下、黒岩): こんな装置は初めて見ました。どのようなことができるのですか。

圦本: 隕石は小さな鉱物からできています。その鉱物一粒ずつの化学組成、元素の組成、そして同位体(原子番号が同じでも中性子の数が異なる核を持つ元素)組成がわかる装置です。2019年3月に「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに着陸しましたが、無事に地球へ戻って来たら、その試料もこの装置で分析する予定です。

黒岩: とても大きなニュースで、私も楽しみにしています。

圦本: 北大に世界中から50人ほどの研究者が集まって、一緒に分析するという計画を立てています。隕石の鉱物は種類ごとに組成が違うので、その違いを分析し、太陽系の起源を解明する研究をしているのです。

黒岩: 私は生物で細胞を扱いますが、本当に小さな世界です。これほど大きな装置を使うことは普段ないので、実験装置の違いに驚きました。

圦本: ちょっと専門が違いますが、細胞も同位体顕微鏡で分析することがあります。例えば、人の腸や、培養した細胞、がん細胞なども分析できます。

黒岩: この顕微鏡は細胞の研究にも使用できるのですね。

圦本: 本業とはちょっと違いますが、医療や生物の分野の研究者がやってきて、共同研究することもよくあります。

エミューの性決定の仕組みが知りたい

黒岩: 私は鳥を使って生殖発生をテーマに研究しています。今はエミューの卵を使い、胚が発生していく様子を観察しています。

圦本: そのまま見ることができるのですか?

黒岩: はい。多くの動物では卵から胚を取り出して実験します。鳥は、胚を発生させながら生きたまま観察することができます。ほ乳類は解剖しないと見えないので、死んでしまいます。だから、鳥は発生学の研究に向いているのです。

圦本: 鳥によって違いはありますか? 例えば、ニワトリとエミューではどう違いますか?

ニワトリの胚

黒岩: ニワトリは多くの人が昔から調べているので、何日目にどのような発生が起きるかという記録が1冊の本になるほど情報が蓄積されています。しかしエミューは記録が少ないので、自分たちでその違いを探す必要があります。私の興味は、オスとメスの違いがいつどのようにして起こるかということです。ニワトリでは、性決定がいつの時期の胚に起きるのかは分かっていますが、エミューは分かりません。その違いを見つけて、性決定の謎を解き明かそうとしています。

自分の「なぜ」を追求できるのが理学

圦本: 地球惑星科学科が扱う研究分野は、時間と空間的なスケールが大きいです。時間だと46憶年前から未来まで。空間だと太陽系の彼方から地球の中まで。それに、地球の表層であれば、人間に関わる天気や海、陸地、自然現象すべてが入ります。そこが魅力です。生物学にはどのような魅力がありますか?

黒岩: 生物科学科は扱っている生物種が幅広く、微生物から脊椎動物まで、植物・動物すべてを含め、対象にしない生物種はまずないといっていいでしょう。なので、私のように分子や遺伝子、細胞を使う研究者から、生態や動物の行動を観察する研究者まで多様です。生物に興味があり、生物学を学びたい学生にとっては、何でも選べる、好きなことができる場所であり、そこが生物科学科の一番の魅力だと思っています。生物と地球惑星には共通点があまり無いのかなと思っていましたが、実際にお話をすると、進化、実験手法、圦本先生の開発した顕微鏡で生物の謎に迫るなど、共通点があることに気づきました。

圦本: 同感ですね。「なぜ」とか「不思議だな」という気持ちを純粋に追及できるのが理学だと思っています。

黒岩: 圦本先生のお話を聞いて、純粋な好奇心の上に研究が成り立っていることを改めて感じます。

圦本: 卵一つの中にも多くのことが詰まっていて、色だけではなく、性決定の時期、孵化する時期も少しずつ違う。それを細かくノートに記録していく作業に感心します。小学生のときに自由研究をしていた頃を思い出します。小学生の頃に持っていた純粋な好奇心とテクノロジーが融合して、何かを解明する場所が理学だと思うのです。

黒岩: 私にとっては、あの卵の中が宇宙です。卵の中の神秘を解き明かしたいのです。

分野を超えて協力し合える環境がある

圦本: 将来のことを予測するのが、地球惑星科学では重要になってきています。例えば「温暖化が続くのか」、「なぜ、環境の変化が起こるのか」、「珊瑚は絶滅するのか」ということを知ることが重要です。これから理学で研究が深化する分野です。もう一つは、宇宙です。今「はやぶさ2」がリュウグウに行っていますが、今後は火星にも行こうとしています。誰も行ったことのない未知の世界を知ることができるのです。そのような研究が日本で出来るようになってきています。黒岩先生の研究の方はどうですか?

黒岩: 私は、性差の決定を完全に理解したいという夢を持っています。私の研究室に所属している学生たちは本当によく頑張ってくれています。その成果を基盤に、完全証明をしたいと思っています。これは、世界で他の誰にもできない研究だと思っているので、それを学生たちと一緒にやり遂げたいです。

圦本: 北大の理学部には中谷宇吉郎先生がいましたし、物理や地球惑星、生物……多様で豊かな広がりがあります。科学の基本を網羅していて、さらに融合しています。理学部は研究者同士、違う分野でも仲が良く、相互協力する場面が多いというのが大きな特徴でもありますね。

黒岩: 分野を越えて共同研究をしたり、少し話をしてヒントをもらったりするのは、おそらく学生たちも同じなのではと思っています。

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