【超領域対談】生命に学び、新たな物質を創る:
グン チェンピン 教授[生物科学科高分子機能学]× 石森 浩一郎 教授[化学科]

筋肉のように強いゲルを作る

グン チェンピン教授(以下、グン): 私たちはゲルという水などの液体を含んだ高分子材料の研究をしています。生体材料としても使うことを想定し、90%の水で構成されていながら、ゴムのようにしなやかで強い材料の発明を目標としています。例えば、人工関節の軟骨や生体組織として使える材料です。このような材料のデザインと合成、物性評価、医学部との共同研究、応用への展開も目指しています。ゲルは高分子機能学にとって新しい研究領域で、それまでは、ゲルはゼリーのように柔らかく応用の道はないと考えられていました。しかし、強いゲルを作ることで、初めてこの材料が生命科学など、多様な分野に展開できるようになったのです。

石森 浩一郎 教授(以下、石森): 確かに強いゲルは刃物でぎゅーっと押しつけてもへこむだけで、はなすと元に戻る現象は不思議でびっくりしました。

グン: はい。非常に弾性に富んでいて、変形して戻ります。しかも切り込みが入っても引き裂けないとても強靭な材料です。実際に、人間の筋肉も強靭にできていて、弱かったら筋肉は働きません。筋肉のような強い材質を人工的に作ることが私たちの研究分野の一つの大きな目標なのです。

石森: さらに自己修復のようなことも起こり、生物の組織と似たような現象も確認されているのですよね?

グン: はい。普通の材料は使えば使うほど衰えていき、最後には壊れてしまいますが、筋肉は鍛えれば鍛えるほど強くなります。最近、筋肉の新陳代謝のようなプロセスを初めて材料に取り入れることができて、叩けば叩くほど強くなるゲルを作ることができました。

タンパク質の構造を知ることで病気を治す

石森: 私たちは、主に金属タンパク質の研究をしています。生体内には金属が結構入っていて、金属タンパク質としては血液中で酸素を運ぶヘモグロビンなどが代表的なものです。ですから、鉄が不足すると貧血を起こします。私たち生物は、鉄を外界から摂取して、タンパク質の中に取り込んでいるので、その機能がおかしくなると、貧血をはじめとする様々な病気になります。私たちは、このような病気の原因となる金属タンパク質のミクロな構造を調べることで、病気の治療につながる研究をしています。

グン: 病気の治療に役立つほかに、金属タンパク質はどのようなところで利用可能でしょうか。

石森: 金属の触媒作用は昔から知られていましたが、例えば、鉄を触媒として使用するには多くの場合、高温または高圧が必要です。一方、金属タンパク質は常温、常圧で同じように触媒として機能します。また、酸化反応というある化合物に酸素を結合させる反応の中には、複雑な化合物の特定の一カ所に酸素を結合させることが必要な場合があって、これは非常に難しい反応なのですが、金属タンパク質は効率よく反応を進めます。このようにタンパク質を使えば、大量のエネルギーを使うことなく、効率よく複雑な構造を持つ新しい材料や薬などを作れるようになり、サステナブルな社会の実現に貢献できるのではないかな、と考えています。

グン: とても夢がある研究ですね。

石森: 先程、話に出たタンパク質の構造も重要です。医学、薬学の分野では、ある種のタンパク質の構造がわかれば、それに合う薬剤を作り、タンパク質の活性を高くしたり、逆に阻害したりする研究が進んでいます。インフルエンザでよく使われるタミフルやリレンザという薬は、タンパク質の構造がわかっていて、それに対する阻害剤を開発して、ウイルスの増殖を止めるものです。これからの製薬は、おそらく病気治療のターゲットとなるタンパク質を活性化したり、病気を引き起こすタンパク質の働きを止めたりする薬剤を開発することになります。その薬剤を作るには、まずタンパク質がどのような形をしているかなど、ミクロな構造を明らかにする基礎研究が大事だと思っています。

境目のない自然科学の世界を感じてほしい

石森: グン先生の研究は、生物を参考にして模倣し、さらに機能的に超えたいという願いから進んでいるのですね。私たちも、まだ超えるまで到達していませんが、タンパク質を調べることは、生物が過去何億年の間に得た知識を学び、それを応用しようとしているように思えます。グン先生と分野は違いますが、共通点もあると強く感じました。

グン: 同感です。タンパク質の機能から私たちも学ぶことがたくさんあります。タンパク質からヒントを得たり、模倣したりする場合もあります。あるいはその考え方や思想をどうやったら人工材料に取り入れられるか、考えることもあります。可能性が広がる分野です。生物と材料は一見関係ないようにみえますが、実は境目がないのかもしれません。

石森: 確かに生物も、物理化学やある種の数学の法則に従っているということなのですね。

グン: 数学と物理はとても普遍的に物事を理解しようとします。化学や生物は非常に多様性があり、それをどのように数学とか物理で理解していくのか、そして、化学がいかに多彩な構造を作って、機能を生み出していくかということをよく考えます。理学にすべての分野が一緒にあるからこそ、連鎖が生まれます。それは素晴らしいことだと思います。

石森: 私もそう思います。理学部の中には200人を超える多様な分野の研究者がいて、わからないことがあればすぐに聞きに行くことができます。学生も一歩外に出て、理学の仲間の話を聞きに行って一緒に考えてくれればいいなと思います。そのような場として、理学部は非常に環境が良いところなのではないでしょうか。

グン: そうですね。理学部の中にいると、数学のグループのセミナーのアナウンスや、化学の研究者の講演会の案内が掲示されています。それだけでも理学の香りを感じます。6つの学科と専修が存在している、その多様性がいいと思います。

石森: 自然科学というのはもともと、物理、化学、数学、生物など境目がない世界です。学生の皆さんには理学という広い世界の雰囲気を味わってほしいと思っています。

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