理学部生物科学科(高分子機能学)では、3年生を対象にキャリアパス教育イベント「先輩は語る」を2023年6月5日に開催しました。卒業生が、学生時代の経験や現在の仕事について語ることで、学生に進路を考えてもらうことが目的です。お話ししたのは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の星野 顕一(ほしの けんいち)さんです。
星野さんは、2013年に理学部生物科学科(高分子機能学)を卒業し、生命科学院 生命融合科学コースに進学しました。2019年に博士の学位を取得して、和歌山県工業技術センターに就職、現在は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に出向しています。
ゲルの研究に没頭した大学院時代
学部の授業で、高強度ゲルの動画を見る機会がありました。「やわらかいゲルが、トラックに踏まれても壊れない!」映像に衝撃を受けて、ソフト&ウェットマター研究室でゲルの研究をしました。
やわらかく、水を含むゲルは、生体と特徴が似ているため、人工筋肉などの生体代替材料として期待されています。ゲルを繊維化できれば、加工しやすくなり、応用の可能性が広がります。しかし、一般的なゲルは強度が低く、伸ばすと切れてしまいます。そこで、切れても簡単に修復できる「自己修復性」の性質を使い、ゲルを繊維化することに成功しました。これが修士課程までの研究テーマです。
ゲルの研究を続けたいと思い、博士課程に進学しました。研究テーマをより基礎的な内容に変更し、ゲルの弾性率が膨潤(ぼうじゅん)*によってどのように変化するかを実験的に検証しました。これまでに膨潤によるゲルの弾性率変化についてさまざまな理論が提唱されていましたが、ゲルの網目構造の不明瞭性と、ゲルを大きく膨潤させることの難しさから、実際のゲルの弾性率が膨潤によってどのように変化するのかについて幅広い膨潤度に渡って実験的に検証をすることは困難でした。そこで、構造既知な網目を有するゲルであるTetra-PEGゲル1)の内部に強電解質の線状高分子を別に導入する分子ステント法2)と呼ばれる方法を用いることで、これらの問題を解決し、実験的な検証を行うことに成功しました。
*膨潤とは、網目状の高分子が水などの溶媒を吸収して体積が膨張すること。
大学院での経験を活かして企業を支援
博士課程修了後は、和歌山県工業技術センターに就職しました。和歌山県工業技術センターでは、主に和歌山県内の企業様から技術上の様々な問題や悩みについて相談に応じ、技術開発や製品開発の支援などを行います。私は大学院時代の経験を活かし、主にプラスチックなどの高分子材料に関する技術支援や情報提供活動を行っていました。また、自己修復性ゲルの産業応用に関する調査研究も行いました。
現在はNEDOに出向しています。NEDOは、プロジェクトの企画・立案や資金配分等を通じて技術開発を推進し、成果の社会実装を促進することで社会課題の解決を目指すイノベーション・アクセラレーターとしての役割を担う国立研究開発法人です。制度運営事務局の一員として、事業の企画や進捗管理などを行っています。
研究を続けたいと思ったら
大学院では、時間をかけて一つの研究に没頭できます。みなさんがこれから研究を始めて、もし「今の研究を続けたい」という気持ちが出てきたら、博士課程への進学も考えてみてください。卒業後の進路として、大学や民間企業以外にも公設試験場や研究開発法人という選択肢があることを知っていただき、皆さんのキャリアを考える上での一助となれば幸いです。
参考文献:
1) T. Sakai, T. Matsunaga, Y. Yamamoto, C. Ito, R. Yoshida, S. Suzuki, N. Sakai, M. Shibayama, and U.-I. Chung, “Design and fabrication of a high-strength hydrogel with ideally homogeneous network structure from tetrahedron-like macromonomers”, Macromolecules, Vol. 41, No. 14, pp.5379-5384 (2008)
2) T. Nakajima, H. Sato, Y. Zhao, S. Kawahara, T. Kurokawa, K. Sugahara, and J. P. Gong, “A universal molecular stent method to toughen any hydrogels based on double network concept”, Advanced Functional Materials, Vol. 22, No. 21, pp. 4426-4432 (2012)
※肩書、所属は取材当時のものです。