教科書を書きかえる発見:2 枚の鏡で挟むと、水の物性が変わる!!

理学部 化学科 福島 知宏 講師

福島知宏講師(物理化学研究室)は、物質の表面・界面における分子と場の効果に着目し、新しい機能創出を目指して研究しています。2022年、第15回分子科学会奨励賞を受賞した福島講師に話を聞きました。

目指していることは何ですか?

「水の物性(物理的性質)を変える」ことです。中学や高校で水の電気分解を習いますよね。水に電気を流すと、水素と酸素に分解されます。もしその効率を上げられたら、水素をより効率よく取り出せる、と考えています。これまでは、電極の素材を変えたり、溶液に電解質を混ぜたりして電気分解の効率をあげる手法が取られてきました。しかしそれにはもう限界があることも分かってきています。そこで私は、全く違うアプローチで、水の電気伝導率そのものを上げることに挑戦しました。

水の電気伝導率をあげる方法とは?

なんと2枚の鏡で水を挟むだけなのです。鏡をわずか数マイクロメートル(千分の1㎜)の間隔で向かい合わせます。台所で使うラップの厚さぐらいの隙間です。これぐらい近づけると、水分子自体が持っている振動がお互いに伝わって共鳴します。例えば、音叉が二本あったとしましょう。片方が振動すると、しばらくしてもう片方も振動してきます。あれがまさしく共鳴している状態で、共振や結合ともいいます。その度合いが強いのを強結合といい、いま注目しているのが水の「振動強結合」です。外部から光などのエネルギーを加えなくても、水分子同士が振動を強め合い、プロトン( H+)が動きやすくなります。つまり電気が流れやすくなります。

水で満たされた2 枚の鏡の間をプロトンが流れるイメージ図

図を見て下さい。左右の鏡の間に水分子がたくさんあり、プロトン(白い粒)が奥から手前にバケツリレーのように流れているイメージです。このシンプルな仕組みだけで、なんと水の電気伝導率が10倍以上よくなることが分かりました。物理の世界では「量子ゼロ点揺らぎ」といってすでに議論されてきましたが、これまで実際に確かめた実例はなく、私が世界で初めて直接電極を挿して電気伝導率が上がることを確認しました。またセルの中の水分子の状態は赤外分光法で調べました。

この発見はどれぐらいすごい?

教科書に書かれていることを書き換える新しい発見です。これまで変わらないと考えられてきた水の電気伝導率が一桁上がる(10倍になる)とは、同じ電流を流した時に抵抗が1/10になることと同等です。電流をたくさん流すときの損失も大幅に減らすことができるのです。

身の回りでは多くの電池が使われています。その中には水電池といわれる、電解質の中に水を使っているものもあります。例えばもし身近なスマホの電池に応用し、充電時間が1/10にできたら嬉しいですよね。電流を流すと熱が発生する問題も軽減できるでしょう。

この原理を発展させて、次世代エネルギーとして注目されている水素を効率よく取り出せるようになったら、世の中の多くの電解デバイスに応用でき、社会は変わるかもしれません。

苦労はありますか?

金蒸着した2 枚の鏡(透けて見えるほど薄く蒸着している。)

世界的にも始まったばかりの研究分野なので、すべてが手探り状態です。先ほどから2枚の鏡をある間隔にすると話していますが、実験に使っている鏡は何でできているかというと、ガラス板の上に金を蒸着したものです。実験は最適な金蒸着の厚さを探すところから始まり、研究室の学生と一緒に試行錯誤しながら進めました。また、2枚の平らな鏡を数マイクロメートル離してセットするときに、その誤差はわずか数百ナノメートル(1万分の1㎜)以内に抑えなければなりません。指でネジを締めながら鏡を精密に制御します。装置は理学研究院機械工作室の技術者が非常に高い精度で作ってくれるので、この実験が実現しています。

2 枚の鏡をセットするセル。ネジを締めて距離を調節する。

研究の難しい点は実験以外にもあります。新しい研究にはつきものですが、研究例が世界にまだほとんどないため、疑惑をもつ人も多いのです。論文を執筆して送っても、内容をチェックする査読者が理解できなかったり、感情的に反論されたりすることもあります。丁寧な説明を重ねて事実を知ってもらう努力が必要です。まさに新しい分野を切り拓いていて、これから盛り上がっていくと信じて取り組んでいます。

研究の醍醐味は?

大変ではありますが、今ここで頑張っておくと、将来につながると思っています。さまざまな分子の持っている物性を制御できるようになり、より高機能性につなげていきたいですね。まずは水の物性制御です。

水は奥深いです。今から約100年前に書かれた本「水の構造と物性」に、水に関するパラメーターが載っています。今取り組んでいる私の研究で、そこに載っている値の多くが書き換えられると思います。水の粘性、沸点、融点、氷の相図など何がどのように変わるかもまだよく分かっていませんが、今はそのはじめの一歩を踏み出した状態です。これから何が分かってくるのか、とても楽しみでワクワクします。

学生さんへのメッセージをお願いします

私は学生時代、よく図書館で本を読んだり勉強したり、友だちと遊びにいったりしていました。大学での学びと、学生時代の友だちは本当に財産です。大学は多様な人が集まる場所なので、その機会を生かした方がいいと思います。その環境を当たり前と思わず、自分は学ぶ機会を与えられたという自覚を学生さんには持って欲しいです。恵まれた環境に感謝して頑張ってください。

本研究に関する論文:
Inherent Promotion of Ionic Conductivity via Collective Vibrational Strong Coupling of Water with the Vacuum Electromagnetic Field(真空場と水の協同的振動強結合によるイオン伝導の促進)
Tomohiro Fukushima, Soushi Yoshimitsu, and Kei Murakoshi
J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 27, 12177–12183
https://doi.org/10.1021/jacs.2c02991

福島 知宏 講師
36 歳。大切なのは妻、子ども、お酒、自転車。
学生時代は京都から名古屋の実家まで自転車で帰省していた。今は2 歳の息子を乗せて電動自転車に乗っている。クラフトビールが好物。

理学部広報誌「彩」第9号(2023年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物

※肩書、所属、学年は広報誌発行当時のものです。

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