理学部長室には、俳人 高浜虚子が北大理学部を吟じた自筆の書が飾られています。この書の由来について、杉野目浩氏(化学科 昭和28年卒)が父の杉野目晴貞氏(理学部初代教授)から聞いた話を紹介します。
この句会は「北海道ホトトギス会」が主催し、旧中央講堂(現在のクラーク会館付近)を会場に400名を超える人々が集いました。当時74歳の虚子は和服で杖を突き、悠揚迫らぬ姿で北大構内の楡の下を散策しました。晴貞氏の話と俳句会の記録によると、北海道特有の初夏の晴れた土曜日の午後、一行が、中央講堂から農学部に至る通りを隔てて原生の樹齢数百年の新緑の楡の樹林を抜けると、その奥に外壁がスクラッチタイルとテラコッタ張の三階建ての重厚な理学部が、初夏の陽光に映えていたそうです。
句会の合間に虚子は理学部長室でお茶を飲み、休憩しました。その際に詠んだ句が「理学部は薫風楡の大樹蔭」です。当時の理学部長室は現在の総合博物館正面玄関の真上にありました。窓から見える大きなハルニレの葉が初夏のおだやかな風にゆれ、木陰からのそよ風で涼んでいる虚子らの様子が想像できます。
その数年後、晴貞氏は理学部長となり、この句を虚子に揮毫(きごう)してほしいと願ったそうです。そして虚子の弟子を通じてその願いが伝えられ、昭和29年1月に虚子の住まいのあった鎌倉で揮毫が実現しました。その年に晴貞氏は学長になり理学部を離れましたが、8月に表装された額が理学部長室に飾られました。
この「くだんの額」は第9代太秦康光理学部長から現在の第34代網塚浩理学部長までの実に68年間、理学部長室に飾られています。
(文:北海道大学理学部同窓会 事務局長 髙橋克郎)
参考文献:同窓会誌57号(2 0 1 5 年度)特別寄稿-俳人高濱虚子が北大理学部を吟じ自ら揮毫した額のこと-
理学部広報誌「彩」第9号(2023年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物