夢は「夢」:夢のメカニズム生理的意義の解明へ

理学部 生物科学科(生物学) 常松 友美 講師

常松友美講師(行動神経生物学系)は、睡眠と夢のメカニズム解明を目指して研究しています。もともと寝ることは大好きだったそうです。令和5年度文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞した常松講師に話を聞きました。

脳の研究者になるまでを教えてください

9歳の時にN H Kスペシャル「脳と心」を見て、自分を自分たらしめているのが脳であることを知り感動しました。それが脳の研究者を目指したきっかけです。中でも、特に「睡眠」と「夢」に興味を持ちました。夢の中では突拍子もない不思議な体験ができるからです。大学で生物学系に進学しました。すると、当時は、睡眠や夢についてあまり研究されていなかったので、自分でやるしかないと心に決めました。

どのようにアプローチしましたか?

調べたところ、睡眠のメカニズムがよく理解されていないことが分かりました。サイエンスとして睡眠に迫る研究は一体どこで何ができるのか……。その時たまたま手にした科学雑誌に、オレキシンを発見した櫻井武先生の記事があり、まさに私がやりたい睡眠研究はこれだ!と確信しました。しかも櫻井先生は、当時私が通っていた筑波大学に在籍されていたので、すぐに連絡を取りそのまま研究室に通わせてもらいました。
*オレキシン:睡眠や覚醒を制御する脳内の神経伝達物質

睡眠の研究から夢の研究へ

大学3年生の秋に研究室に飛び込んでから睡眠研究一筋でした。その間も「夢の研究」への思いを持ち続けていました。当時の夢の研究は、寝ている人を起こして「今どのような夢を見ていましたか?」と聞くような手法が一般的でした。

一方で、私が本当に知りたいことは「どのような神経メカニズムで夢を見るのか」「何のために夢を見るのか」です。まずは夢の神経メカニズムを知りたい。そこでマウスを実験動物として研究を始めました。ところが15年ほどは試行錯誤の連続でした。

「夢を見る」と言いますが寝ているのに見るとはどういうことですか?

夢は視覚的な情報です。睡眠時は当然目を閉じているのに、映像を感じるのは興味深いことですよね。起きている時に目で見る情報は、網膜→ G:lateral geniculate nucleus(外側膝状体がいそくしつじょうたい)→ O:Occipital cortex(視覚野)へと伝達されます。視覚野に情報が伝わることで「見た」と認識しています。

では、夢を見ているだろうと思われる時はどうでしょうか。脳内ではP波(P G O波)が観測されます。P波はまず頭の後ろの方のP(ポンス、橋)で発生した後→ G → Oへと、実は目で見たときととてもよく似た経路をたどります。そのため、P波が夢を見させているメカニズムではないかと1970年代から提唱されてきました。が、まだ誰も証明できていません。

研究のターニングポイントは

一つ目は、世界で初めて私がマウスの睡眠中の脳波にP波を発見したことです。マウスも夢を見ている可能性が高まりました。さらに、記憶に関わる海馬脳波とP波の関連を調べたところ、レム睡眠では協調して作用し、ノンレム睡眠では抑制しており、P波が逆の働きをしていることを突き止めました。レム睡眠とノンレム睡眠では夢の性質が異なると言われている原因が、このP波の働きの違いかもしれません。夢の神経メカニズムの解明に少し近づいた瞬間です。しかしこれだけでは、P波を確認しただけで、本当にマウスが夢を見ていることの証明にはなりません。

二つ目のターニングポイントはまさに今です。まだ詳しくお話しできませんが、次の段階に進むために、情報科学者と共同研究を始めています。私が、これだ!と考えたことを調べられる研究者に直接協力をお願いして、実現しつつあります。夢である「夢」の解明にまた一歩近づけそうでワクワクしています。

脳波はどのように調べるのですか?

マウスの脳に直接電極を挿し、睡眠状態の脳波を測定します。多電極プローブを使うことで、一度に300個ほどの神経活動を記録できます。多数の脳波データから、どの睡眠覚醒ステージにいるか、P波が出ているか、レム睡眠に特徴的なシータ波、ノンレム睡眠に特徴的な鋭波リップルなどを解析します。また、スパイクソーティングという手法で一つ一つの神経細胞にまで分類します。それらデータから脳波と神経活動の関係を調べます。マウスの脳に電極を挿す手術は、私が最も得意とする実験です。

マウスの脳に電極を挿す手術はここで行います

研究の展望は?

今は研究がとても楽しいです。まさに念願の夢の研究ができていて、「夢の神経メカニズムと生理的意義の解明」に近づけそうな手応えを感じています。

夢は記憶を元に見ているはずなので、夢の研究から記憶の研究につながるかもしれません。あるいは幻覚を見てしまうとか、フラッシュバックのような病気の解明や治療にも、発展するかもしれません。

大切にしていることを教えてください

よく寝ること。そして、やりたいことを実現するためには、とにかく行動することです。人や物との出会いを見逃さない事も大事です。出会いは自分の人生を決定付けると思っています。そして他者への思いやりとリスペクトと感謝を心がけています。


本研究に関する論文:
Pontine Waves Accompanied by Short Hippocampal Sharp Wave-Ripples During Non-rapid Eye Movement Sleep(ノンレム睡眠中のP波と鋭波リップルは拮抗的に作用する)
Tomomi Tsunematsu, Sumire Matsumoto, Mirna Merkler,Shuzo Sakata
SLEEP, Volume 46, Issue 9, September 2023, zsad193
https://doi.org/10.1093/sleep/zsad193

常松 友美 講師
鳥取県米子市出身。2023年春、北大着任。
JST 創発的研究支援事業1期生。魚、ドライブ、温泉が好きなので、愛車のスバルBRZで北海道を楽しみたい。推しのモーニング娘。と一緒に遊ぶ夢を見た日はとても楽しい気分になる。寝つきは大変良い。

理学部広報誌「彩」第10号(2023年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物

※肩書、所属、学年は広報誌発行当時のものです。

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