新陳代謝の仕組みを持つ成長するゲル”を開発

理学部 生物科学科/高分子機能学 中島 祐 准教授

生物科学科・高分子機能学のソフト&ウェットマター研究室ではダブルネットワークゲル(以下DNゲル)を使った研究をしています。同研究室の中島祐准教授が扱う分野は、材料化学、高分子・繊維材料、高分子ゲル。「現象を数式で表せたら面白いと感じるから、自分は材料科学者の中でも物理寄りのタイプかな」と自己紹介してくれました。

神奈川県出身。北の大地に憧れて北海道大学への進学を決意しました。「でも、北大では何を学べるのだろう?」と考えていた時に、予備校の雑誌に目がとまりました。誌面には「北大はハイドロゲルのメッカ」とありました。ハイドロゲルとはゼリーのように水を含んだ柔らかい素材を指します。もともと柔らかい物質に興味があったので迷わず生物科学科高分子機能学を目指すことにしました。

新陳代謝の仕組みを取り入れた、世界初の成長する人工素材

人工素材は使えば使うほど劣化して、最終的には壊れてしまいます。しかし、人間の筋肉は、鍛えるほど強く大きくなったり、受けた傷を修復したりしながら成長します。今回、中島さんらのグループが開発したDNゲルは、生体の新陳代謝の仕組みを取り入れた、世界初の成長する人工素材なのです。DNゲルは、硬い一方で壊れやすいものとよく伸びるものの2種類の網目を組み合わせることで生まれました。水分は90%も含まれています。しかし、刃物を当てても切れず、重いものを乗せてもつぶれません。

ダブルネットワークゲル(DNゲル)

DNゲルが外部から力を受けた時に、内部でどのような現象が起きているのでしょうか? まず硬い一方で壊れやすい網目に亀裂が生じます。このとき、よく伸びる網目が壊れた網目を取り囲みます。それによって亀裂は進行せず、むしろ多くの小さい亀裂が生じます。これら多くの亀裂によってゲルに加えられた力が分散され、逆にDNゲルは強度を保つのです。ここでいう強度とは、材料を引っ張って壊すために必要な力のことです(引張強度)。

「成長するゲル」の開発は、中島さんの元で研究をしていた松田昂大さん(当時博士課程3年)の「DNゲルの高強度化メカニズムを化学的にいかせないか?」という発想がきっかけで前進しました。そして、議論と研究を進めるうちにDNゲルは生物のように成長できる材料であることを発見したのです。

松田昂大さん(右)と

生物は新陳代謝によって変化していきます。筋肉の場合、次の3つが新陳代謝の主要素(と具体例)です。一方、人工材料では栄養の取り込みや構造の変化が起きないので、新陳代謝は起こりません。
1. 栄養の取り込み(アミノ酸の取り込み)
2. 元の構造の分解・破壊(トレーニングによる筋繊維の部分的破断)
3. 元の構造の破壊が引き起こす、新たな構造の合成(筋肉の再生・強化)

筋肉の成長と同じような現象を産み出す

DNゲルは、モノマー(ゲルにとっての栄養)が入った水溶液に浸されることで、栄養を取り込むことができます。モノマーを取り込んだDNゲルを引っ張ると、DNゲルの中で微小な亀裂がたくさん発生し、ラジカルとよばれる化学種が大量に発生します。ラジカルにはモノマーを高分子に変化させる作用があるため、発生したラジカルと取り込んだモノマーによってDNゲル内に新しい網目状高分子が作られるのです。

モノマーを取り込んだDNゲルを引っ張った後で性質を計測すると、引張強度は元の1.5倍、硬さは最大23倍になっていました。さらに、モノマーの約90%が化学反応に使われ、網目構造の重量は86%も増えていました。まさに、トレーニングによる筋肉の成長と同じような現象が起きたといえます。

このように、「成長するゲル」は人工材料でありながら、生物のような新陳代謝の仕組みを取り入れた世界初の物質となったのです。この結果をまとめた論文は学術誌Scienceに掲載され、世界中から大きな注目を集めました。

しかし課題もあります。DNゲルを何度も引っ張り続けると、成長の限界がきて、硬化してしまいます。今後は与えるモノマーの性質を途中で変化させることで、成長を続け、機能がより向上していくアクティブな素材を作るのが目標です。

手を動かし続けてほしい

中島さんは小さいころからものづくりが好きで、小学生時代から料理を作ったり、中学・高校では部活のオーケストラで楽器の台を自作してみたりするなど、手を動かしてきました。自分の力で作り上げ、極めたい性格があったからこそ、ここまで研究を続けることができました。

研究は常にうまくいくとは限りません。中島さんは、思いどおりに進まない時は、潔く諦めて別の方法を考えてみようと気持ちを切り替えて、研究の前進・深化に臨むそうです。

「これから大学を目指す若い方には、勉強だけではなく、感性や好奇心も大切にしてほしい」と中島さんは言います。小さなひらめきや気づきを大事にして、手を動かし続けてほしいと、未来の研究者に希望を託しています。生物の持っている力にヒントを得て、中島さんがDNゲルでさらに大きな技術革新を起こす日はそう遠くはなさそうです。

研究室の仲間との集合写真

紹介したゲルについての論文はこちら
T. Matsuda, R. Kawakami, R. Namba, T. Nakajima, J. P. Gong,
“Mechanoresponsive Self-growing Hydrogels Inspired by Muscle Training”,
Science, 363(6426), 504-508 (2019).
https://science.sciencemag.org/content/363/6426/504.abstract

 

理学部広報誌「彩」第6号(2020年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物

※肩書、所属、学年は広報誌掲載当時のものです。

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