未解明の物理現象を数学で解き明かす数理物理学

理学部 数学科 宮尾忠宏 准教授

数学科で解析系研究者として日々研究を進めている宮尾忠宏准教授。研究のキーワードは数理物理学、関数解析、凝縮系物理学です。数学から見ると物理寄りで、物理から見ると数学寄り…ちょうど数学と物理の境界で研究しています。

宮尾准教授は学部生時代、東北大学工学部応用物理学コースで理論物理を学んでいました。当時、論文を読んでいると「物理学的にはアイディアにとても富んでいるけれど、数学的に見ると少し雑なのでは?」というモヤモヤとした感覚を持ちました。そこで、大学院から北大理学研究科数学専攻へ進学し、新井朝雄先生
(北大名誉教授)のもと、厳密数学の視点で物理現象を探求する「数理物理学」の研究を始めました。

磁石の謎を数学的に解明したい

磁石について、皆さんも不思議に思ったことがあるのではないでしょうか。離れた鉄を引き寄せるといった磁石の不思議な性質は古代ギリシャ時代から既に知られていました。そして現在でもその謎は完全に解明されているわけではありません。身の周りにある金属の内部には、莫大な数の電子がお互いに影響を及ぼしながら動き回っています。そして、それぞれの電子はスピンと呼ばれるとても不思議な性質をもっていることが知られています。高温では金属内部の電子のスピンの向きはバラバラですが、ある温度以下では電子がスピンの向きを一斉に揃えることにより、私たちが日常的に見ている磁石としての性質(強磁性)が現れます。金属中の沢山の電子がお互いに力を合わせることにより、その不思議な性質が増幅されて私たちの眼に見える形で現れるのです。こういったよく見かける説明はわかり易く、説得力があるように思えますが、実はこの魅力的な物語的説明は現代数学の視点からはわからないことだらけです。そこで、宮尾准教授は「磁石の起源の数学的証明」に挑み、最近、論文を2本発表しました。

2017年発表の論文
2018年発表の論文

強磁性の安定性の厳密証明に挑む

金属中の電子を記述する最も有名な模型がハバード模型です。ハバード模型で記述される電子たちがある一定の限定された条件下では強磁性を示すということを初めて数学的に厳密に解明したのが1965年に発表された「長岡の定理」です。

ハバード模型に関する結果として、もう一つ紹介する必要がある定理が、1989年に証明された「リーブの定理」です。この定理は長岡の定理よりも現実的な条件の下で、ハバード模型で記述される電子たちが強磁性を示すことを主張しています。

現実の世界では、金属内部の電子は結晶格子の格子振動や光(量子電磁場)との相互作用を避けることはできません。その結果、電子のスピンは揃おうとすることを妨害されます。一方で、日常の生活の中で私たちは磁石をさまざまな用途で利用しています。つまり、磁石はこれらの相互作用の妨害に負けず安定であるように見えます。そこで宮尾准教授は次のような問いを立てました。「長岡の定理やリーブの定理が磁石の本質を本当に記述している定理ならば、現実世界では避けようのない格子振動や光との相互作用による妨害を考慮しても、これらの定理は依然として成り立つのではないか?」2本の連作論文は、この基本的な問いに
答えるものです。

まるで音楽の旋律を感じさせる、流れるような美しい記述

2017年に発表した論文では、電子と格子振動及び量子電磁場の相互作用を考慮しても、長岡の定理は依然として成り立つことを証明しました。2018年の論文では、これらの相互作用の下で、リーブの定理も正しいことを証明しました。これらの定理を証明するのに、実験は行いません。数学的に厳密か否かという点のみに着目して、証明を試みます。そこに記載される式には宮尾准教授の情熱が込められ、まるで音楽の旋律を感じさせる、流れるような美しい記述となりました。そして、それら二つの論文を統一する、一般の相互作用の影響下における磁石の安定性に関する論文*を書き上げ、2019年6月21日に国際的な専門誌に受理されました。(*論文の内容はこちらからご覧いただけます。)

若い大学院生と一緒に考えて研究したい

これで「強磁性の安定性の厳密証明」への挑戦は一段落しました。今後は「最新の物理学からどのような新しい数学が生まれてくるか?」ということに興味を持って研究をしたいと考えています。熱平衡化やトポロジカル相などの最先端の物理現象を解き明かすために、斬新なアイディアを持つ若い大学院生と一緒に新しい数学を深化させたいと考えています。磁石についても、より深い理解を目指して追及し続けたいそうです。

研究の原動力は「好奇心」。好奇心を持って取り組むからこそ、研究は楽しくなります。そして、数学は楽しい、魅力的な学問だと多くの人に知ってもらいたいと願っています。宮尾准教授の数学で最先端の物理を解き明かす追究の旅はこれからも続きます。

宮尾研究室に在籍している大学院生たちとの集合写真

 

理学部広報誌「彩」第5号(2019年8月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物

※肩書、所属、学年は広報誌掲載当時のものです。

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