4 理学部創立100周年カウントダウン講演会「未来につながる命のために科学ができること」毛利衛さんをむかえて

2024年9月2日、トークイベント「未来につながる命のために科学ができること」を開催しました。科学技術の発展は地球規模の課題解決に不可欠な役割を担っています。本イベントは一人一人が「自分ごと」として科学技術と向き合い一緒に考える機会として行われました。3名の北大卒業生、毛利衛さん(日本科学未来館名誉館長)、福田伸さん(北大触媒科学研究所研究支援教授)、黒川紘美さん(日本科学未来館)をゲストに迎え、100名を超える参加者が集ったイベントの様子をレポートします。

※このイベントは日本化学会北海道支部の新事務所開設の記念行事、および北海道大学理学部100周年カウントダウン講演会第4回目として実施いたしました。

開会の挨拶(上野貢生 教授 日本化学会北海道支部長/北海道大学理学研究院)
上野貢生教授

上野教授が本イベントを開催できることの喜びと感謝の辞を述べると共に、かつて毛利さんが学生実験を見学した際のエピソードを紹介しました。毛利さんが学生に「この実験の目的、内容を分かって実験していますか?」と問いかけた姿が印象深く、毛利さんの研究に対する真摯な姿勢を改めて認識したとのことです。このイベントが、研究者だけでなく、私たち一人ひとりが科学と向き合うきっかけとなることを期待していると話しました。

キートーク:地球生命を守るために総合智そして未来智を
毛利衛さん

はじめに毛利衛さんのキートークが行われました。
2度の宇宙飛行での経験や、深海探査、南極などの極限環境の経験、日本科学未来館館長など多岐にわたる活動を豊富な映像を通して紹介し、参加者は熱心に見入っていました。地球の環境問題や未来に対して強い危機感を抱き「地球生命」という視点を強く意識するようになった過程を話しました。
科学技術の発展により地球温暖化は加速し、世界人口が増加する一方で、生物の多様性は失われています。多くの課題を抱える今の状況を改善するためには、科学技術だけではなく、宗教や哲学、芸術など、あらゆる知恵を統合した「総合智」が必要だと述べました。
さらに、人間中心の考え方ではなく、地球上のすべての生命と共存するための新しい知恵「未来智」の必要性を提唱します。人工知能との共存など、新たな可能性を探ることで、持続可能な未来を築くことができるのではないでしょうかと問いかけました。

会場の様子
身近なプラスチック問題の解決に向けて

続いて「私のここまでの話はあまりにも遠く、あまりにも深く、あまりにも時間がかかることです。学生のみなさん、研究者たちは自分の研究が何につながるのか悩んでいるかもしれません。ここからはもっと身近なものについて話します。」と切り出し、日本科学未来館での取り組みを紹介しました。
現代社会はプラスチックという大変便利なもの無くしては生きていけません。一方でマイクロプラスチックなど課題も明らかになってきました。日本科学未来館で過去に紹介されていた「生分解性プラスチック」は、微生物が作り出し、かつ自然界で分解するプラスチックです。石油由来のものに比べると環境負荷が少なく、持続可能な社会の実現につながると期待されています。すでに株式会社カネカが、海水中でも生分解される「カネカ生分解性バイオポリマーGreen PlanetⓇ」を実用化しています。

北大でも新しいバイオポリマー(プラスチック)の研究が進められていることに触れ、「基礎研究は一見、社会とのつながりが分かりづらいかもしれませんが、長期的には社会の発展に大きく貢献する可能性を秘めています。研究者は、自分の研究が社会にどのような影響を与えるのかを意識し、積極的に社会とコミュニケーションをとるべきです。」と投げかけました。

スパイクタイヤ問題から学ぶ、社会課題解決へのアプローチ
福田伸さん

続く登壇者は福田伸さんです。
福田さんは、工学部原子工学科高真空工学研究室で毛利さんと過ごした懐かしい写真から話し始め、1980年代、研究室が取り組んだスパイクタイヤの車粉塵課題解決は、科学技術が社会に貢献できることを示す良い事例だったと振り返り、当時の研究を紹介しました。
冬のタイヤにスパイクピン(スタッド:鋲)がついているスパイクタイヤにより、かつての春先の札幌の街は大気汚染が深刻でした。しかし多くの人がそういうものだと考えており問題意識を持つまでいっていませんでした。そこで、研究室(故 山科俊郎 北大名誉教授ら)では、科学的検証を行い、行政や市民団体と協力して情報発信、条例制定の必要性を訴え、市民の思い込みからの意識改革と行動変容(スパイクタイヤから、スタッドレスタイヤに代替)を実現しました。

会場の様子

福田さんは、科学者は専門知識を活かして問題解決に貢献するとともに、社会全体に事実認識をさせ、行動変容を促すため働きかけていく必要があると強調しました。

科学コミュニケーターの役割と課題:対話と越境を通して未来を共創する
黒川紘美さん

黒川さんは日本科学未来館や京都大学iPS細胞研究所での経験から、科学コミュニケーターは科学を分かりやすく伝えるだけでなく、人々が未来を共に創っていくために対話の場をつくり、考え方や立場が異なる人々が交わり、学び合うことを促す役目があると自身の考えを話しました。多様な人々が集まり、他者と出会い、議論、自問自答、内省を繰り返すことで、新たな視点や解決策が生まれると言います。
一方で、生物多様性に関する世界市民会議を行った経験から、人々の意識は短期的には変化しても、長期的には元の状態に戻ってしまう可能性があることも指摘します。個人の考え方や価値観は簡単には変わらない、だからこそ地道な努力が必要だと訴えました。

会場の様子

また、現在関わっている先端研究の例を挙げ、科学技術による社会課題解決には大きな期待が寄せられる一方で、その技術が限られた環境、人、社会でのみ実現できるとすると、新たな問題を生み出す可能性があることも忘れてはいけないといいます。社会全体の幸福に繋がるためには、様々な角度から考えていかなければならないと気付かせてくれました。

最後に、専門性を深めることはもちろん、対話と越境、つまり異なる立場や分野の人々と交流し自分の考え方を問い直すことの重要性を再度強調し、それが「総合智」につながるとまとめました。

3名の登壇者
コミュニケーションタイム

(質問1)
太陽光散乱などの研究をしています。地上から空を見ても、10,000m(10km)の高さ(飛行機が飛ぶ高さ)で空を見ても青いです。もっと高いところに行った毛利さんの経験から、途中で空の青さがどう変わるのか教えてください。

(毛利さん)
実際は約30,000m(30km)ぐらいまでは青く見えて、30kmを越えた途端に真っ暗ですね。30km以上は暗闇と考えていいかと思います。

(質問2)
毛利さんは、未来智にステップアップするときに科学コミュニケーションが必要と話していました。もう少し教えて下さい。

(毛利さん)
今は人間中心の価値観で物事を考えていますが、人間が生き延びるためには、人間だけ生き延びてもダメだということを、宇宙に行って痛感しました。今人間が行ける宇宙は必要なものをすべて持って行った人工空間です。しかし人間社会が生き延びるためには、人工だけでは無理だと身をもって感じました。
地球の生命、微生物から植物から昆虫、哺乳類まであらゆる命が生きて、初めて人間にとっても意味があるのです。次のステップに行くために、他の生命と共存できる環境、「地球生命」を守るためにはどうしたらいいか、という意識改革をするためには、科学コミュニケーションが大事だという意味です。

(質問3)
宇宙で無重力を経験して帰ってきた後に、寝ているときに見る夢には変化がありましたか?

(毛利さん)
学生さんを前にすると私はつい教師になってしまいます。あなたはなぜそんな質問をしたいと思ったのですか?あなたが25年生きてきた中で強力なインパクトのある経験が大学受験ということですが、私も実は今でも受験の時に大変だった夢を見ます。それと比べると宇宙の夢はほとんど見ないですね。覚えているのは悪夢の方が多いのでは?ということは、宇宙は私にとって快適だったのだと思います。

会場からは笑いが広がり、和やかな対話が生まれました。

閉会の挨拶(村越 敬 教授 理学研究院副研究院長)
村越敬教授

村越教授は、3名の登壇者と参加者への感謝を述べると共に、毛利さんの宇宙飛行の話や映像に感動したこと、総合智、未来智について深く考えさせられた感想を述べました。「智」の字は「単なる知識だけでなく、理解して自分のものにして、さらに人に対して伝える知識」という意味を含む、と参加者へ改めて意識付けをしました。北大理学部はunder one roof、一つ屋根の下に様々な分野の研究者が集まることで、総合的な学問の発展を目指してきた歴史を紹介し、異分野、学際的な連携の重要性を再認識したとのことです。本イベントをきっかけに、参加者ひとりひとりが「未来につながる命のために科学ができること」を意識して考えていくことを期待して、挨拶を締めくくりました。

参加者のみなさんと一緒に集合写真
懇親会

懇親会では、毛利さんの理学部化学科4年時の物理化学研究室の恩師、服部英 北大名誉教授をはじめ、毛利さんが助教授として勤めていた工学部原子工学科高真空工学研究室(故山科俊郎 北大名誉教授)の卒業生と旧交を温め、現役の理学部化学科の教員や学生たちとも語りあっていました。学生たちの声に耳を傾ける毛利さんは、宇宙飛行士でもありまた人生の教師でもあると改めて感じました。

懇親会で毛利さんの話に耳を傾ける学生たち
後日、毛利さんより届いたメッセージ(抜粋)

「今回、旧理学部建物(現、理学部本館/総合博物館)の中の当時「火気責任者 中谷宇吉郎」と書かれていた部屋で卒業実験をしながら、先輩たちと議論してワクワクして過ごしていたことを思い出しました。
私は国や組織から自由になった現在、新しい視点で学生たちに会うことができ、昔の私と同じように、悩みながら、しかしワクワクして研究していることを知りうれしく思いました。彼ら彼女らの将来の活躍が人類の困難を乗り越えてゆくので、先輩として若いみなさんの成長に少しでも役立てればと思いました。
最後まで見送ってくれたたくさんの学生たちの将来が明るいことを祈るとともに、悩んで先が見えなくなった時は、先輩として力になれればと思います。」

毛利さんの乗った車を見送る学生たち
懇親会の様子

ゲストと企画スタッフを交えて集合写真を撮りました

毛利 衛 
宇宙飛行士、日本科学未来館名誉館長、理学博士
1970年北海道大学理学部化学科卒、1972年同修士課程修了、1975年豪フリンダース大学博士課程修了、1985年北海道大学工学部助教授から日本初NASDA(現JAXA)宇宙飛行士、1992年日米協力宇宙実験と宇宙授業、1998年NASA宇宙飛行士資格取得、2000年NASA高精細立体地形図作成地球観測。2003年JAMSTEC「しんかい6500」深海実験。同年NHK世界初南極皆既日食観測。2007年NIPR南極昭和基地から地球環境授業。アジア初世界宇宙飛行士会議(ASE)や世界科学館会議(SCWS2017)を東京で主催。内閣総理大臣顕彰、北海道民栄誉賞、仏国レジオンドヌール勲章、豪国名誉勲章、イーハトーブ賞、NHK放送文化賞、応用物理学会フェロー、北海道新聞文化賞、北大名誉博士、等多数。

福田 伸
触媒科学研究所支援教授・三井化学分析センター技術顧問
1958年東京生まれ。1981年北海道大学工学部原子工学科を卒業。吉町先生記念賞受賞。1986年原子工学専攻博士課程修了。工学部助手、日産自動車宇宙航空事業部を経て1992年三井化学に入社。電子情報材料の研究開発に従事し、社長賞を二度受賞。2017年より常務執行役員として研究開発と新事業創出を担当。三井化学退職後は2023年より北海道大学触媒科学研究所・(株)三井化学分センター。趣味は料理とジム通い。

黒川 紘美
日本科学未来館勤務
2004年北海道大学理学部生物科学科/生物学専修卒業、2006年大学院修士課程修了。2007年、科学コミュニケーターとして日本科学未来館に入職。その後、京都大学iPS細胞研究所を経て、再び日本科学未来館にて勤務。展示フロアでのアクティビティ開発や科学コミュニケーター能力開発、アクセシビリティ技術の研究開発と実装支援などに関わる。趣味は週末の家族での外出と、大学時代から続けているスキー。2児の母。

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肩書き、所属等は、2024年9月時点のものです。
撮影:中村健太
文責:松本ちひろ(理学研究院広報企画推進室)

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