5 理学部創立100周年カウントダウン講演会「北大理学で育んだ私のキャリア」

理学研究院物理学部門 今 布咲子 助教

第5回 理学部創立100周年カウントダウン講演会が、2024年9月30日(月)に開催されました。理学部は2030年に創立100周年を迎えます。輝かしい100周年に向けて同窓生をはじめ、お世話になったみなさまにバトンリレーのように語っていただく企画です。

今回の話題提供者は、今 布咲子助教(理学部物理学科卒業/現在、北海道大学大学院 理学研究院物理学部門)です。「北大理学で育んだ私のキャリア」と題して話しました。
講演会に続いて、ホームカミングデー理学部企画として、13名の同窓生のキャリアトークや22のブース展示が同時開催され、160名を超える多くの同窓生、学生、教職員が集まり賑やかな交流の一日となりました。レポートはこちら:北海道大学理学部ホームカミングデー2024「理学で広がる未来。人生を彩る多様なキャリア発見交流会」を開催しました

「北大理学で育んだ私のキャリア」

高校で物理に興味を持って北大に入学して10年、当初高校教師を目指していた私が、現在は研究者になっていることを振り返り、北大理学でどのように過ごしたかをお話しします。

物質の多彩さと電子状態

子どものころからサイエンスに興味があり、なぜ世の中の物質はこんなに多彩なのだろうと常に感じていました。物質を構成しているものは、元素であり、それらは原子核(陽子と中性子)と電子の集まりで、どうしてその数が違うだけで全く違う物質になるのだろう、と素朴な疑問を抱いていました。

その一つの答えが、電子の軌道です。電子の軌道には非常に個性がありどの軌道をどれだけ電子が占有しているかで、物質の特徴が理解できます。

固体中の電荷やスピンのふるまいを理解して制御することは、現代の科学技術の基盤であり、特にエレクトロニクスの土台であり、現代の生活には欠かせないことです。このようなことを学部生時代に学び、当時の私は一旦、固体中の電子状態について理解した気になりました。ところが研究を進めると、未解明のことがまだ多くあることが分かってきました。

会場の様子
ウランの電子状態を知りたい

大学4年生の時に網塚浩教授が指導する研究室に配属し「隠れた秩序」に出会い一気にその世界に魅了されました。これは1980年以降、希土類化合物やウラン化合物などで見つかったもので、電子が未知の秩序を示しているというものです。
4f電子、5f電子による何かしらの秩序があることは確かだが、一体何が秩序しているか分からない、まだ解明されていない秩序が存在すると考えられています。世界中でここ20年ほど盛んに研究された結果、測定技術の向上もありこの隠れた秩序は、「多極子」というものが秩序していることが分かってきました。多極子とは、電子状態の電気的・磁気的分布の形状を表す物理量の一つで、電子状態の多様性を説明する上で重要な概念です。
私と同じ北大理学研究院物理学部門の速水賢准教授は、固体中のあらゆる電子状態を多極子で表すための理論を整備しました。そのおかげで、まだ見ぬ新たな多極子の存在も明らかにされています。ウラン化合物ではまだ「隠れた秩序」が残されており、そうした新たな多極子が秩序している可能性があります。私はそれを実験的に捉えたいと研究を進めています。

隠れた秩序の正体である「多極子」の姿。電荷分布がクローバーや小鼓のような形をしたものや、磁石のS極N極がお花型になったものなど、その姿は様々。(Springer出版 “Resonant X-Ray Scattering in Correlated Systems” p. 85-117より引用)
現在の研究とこれから

ウランの電子状態を調べるために、共鳴X線散乱実験を用いています。これは回折と分光を重ね合わせた手法です。茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリー(PF)という施設で、放射光(非常に明るく、偏光やエネルギーをコントロールできる電磁波)を試料に照射し調べています。
この実験では空間反転対称性のある「偶パリティ」の多極子を捉えることができます。しかし、空間反転対称性のない「奇パリティ」の多極子はまだ捉えることができていません。

普段実験を行っている大型放射光施設「高エネルギー加速器研究機構(KEK)」にある「フォトンファクトリー(PF)」。リング状の加速器で作られた放射光をビームラインと呼ばれる長さ数十mの経路の中で加工し、試料に照射して実験を行う。

今後は共鳴X線散乱手法を発展させて、この隠された秩序である奇パリティ多極子の秩序を捉えることにチャレンジし、将来的にはウラン化合物、5f電子特有の物理現象を見つけたいと考えています。

研究者になるまで

北大理学部から大学院へ進学し、この春に博士号を取得し、幸運なことにここ物理学科で助教に就くことができました。ここからは、私が研究者になるまでに、どのような経験をしてきたかお話しします。

理学部を卒業し、修士課程に進学した2019年に大きな経験を二つしました。一つは実験を通して新事実を見つけたことです。学生の自分が新発見をしたことがとても嬉しかったことを覚えています。また、研究会に初めて参加し、研究の最前線を目の当たりにし衝撃を受けたのもこの年でした。
2019年は、物性物理の世界で大きなことがありました。それはウラン化合物であるUTe2(ウランテルル2)の超伝導が発見されたことです。この頃は「UTe2フィーバー」と表現されるほど、国内外ですごい勢いで研究が進められ、その様を目の当たりにしました。
研究を進めれば進めるほど疑問が湧いてくるウラン化合物にすっかり魅了され、もう少し研究を続けたいと思い博士課程へ進学しました。実験をしていると当然うまくいかないことも多くあります。しかしそこで悩んだり試行錯誤したりすることで、結果的に自分が出来ることが増えます。この過程を楽しいと感じられるのが研究者の醍醐味だと感じています。
このようにして自然と研究者への道へと進みました。

自分の彩(いろ)を作っていく

学生時代の指導教員である網塚浩教授には大変お世話になりました。私が大切にしている網塚教授の言葉があります。「自分の看板になる技術を持ちなさい」。これから研究者として生きていく上で、自分が自信をもってできる、これは自分に任せて、と言える技術を磨くことの重要性を教わりました。これからも自分の強みである量子ビーム実験を続けつつ、結晶育成なども行って、さらに視野も広げたいと考えています。さまざまな事に挑戦しながら、自分の彩(いろ)を作っていきたいです。

学生時代の指導教員網塚浩教授(手前)と会場の様子
理学部の後輩へのメッセージ

私は理学部と大学院の学生時代、貴重な経験をたくさんしてきました。いつでもその基本になるのが、「おもしろいかも?」と思うことでした。みなさんもまずは研究を始めることが最初の一歩です。きっと道が開けるはずです。

後輩に語りかける今助教
講演後、質問に答える様子

今 布咲子 氏(こん ふさこ/2019年卒業/物理学科新22期)
現在(2024年4月より)、北海道大学大学院理学研究院物理学部門 助教

プロフィール:
北海道東神楽町出身、北海道旭川東高等学校卒業。2019年北海道大学理学部物理学科卒業、2021年北海道大学大学院理学院 物性物理学専攻 修士課程 修了、2024年同専攻博士課程 修了。現在は理学研究院物理学部門助教。
ウラン化合物がもつ5f電子の性質を調べる研究に従事。学生時代には量子ビーム実験を主な手法としていたが、現在の研究室では結晶育成も行っている。趣味はコーヒーやおいしいパンを楽しむこと、音楽を聴くこと。最近のお気に入りは邦楽ロック。

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撮影:柳澤達也教授(物理学部門)
撮影・文責:松本ちひろ(広報企画推進室)

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