【後編】「理学の学びとその先」網塚理学部長と学生による座談会

北海道大学理学部を卒業し、現在大学院で学ぶ6 人の学生たちに、理学部を選んだ理由や理学の学び、将来への思いを語ってもらいました。

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網塚 浩 第34代 理学部長
理学研究院 物理学部門 凝縮系物理学分野 教授


網塚理学部長への質問-研究者とは

近藤 博士課程に進んで、将来は研究職に就きたいと考えています。研究者を目指す若い世代に対して求める姿、期待することを教えてください。

網塚 研究はオリジナリティを追及する仕事です。広く勉強した上で自分の心の中から出てくる探究心を大切にし続ける人になってほしいです。

大槻 農学や工学が社会に役立つ研究であるのに対して、理学は面白いことをやっていれば良いみたいな側面があると思います。でも、「何の役に立つの?」と必ず周りから聞かれます。研究費をもらって研究していることを考えると、答えに悩みます。

網塚 多くの基礎研究者が抱えている悩みです。社会的な課題解決が重要視される世の中で、当然プレッシャーは感じます。でも社会に貢献する新しい科学技術や知識は、幅広い基礎研究から生まれています。好奇心を原動力とした研究をしてこそ多様性が生まれると思います。ノーベル賞を受賞した方々も「昔の研究が賞につながった」と言っていますよね。さらに「いまのままだと将来、日本はノーベル賞を取れない」と警鐘を鳴らしています。社会からの理解と支援が深まることを期待しましょう。

研究に立ち向かう心構え

野田 博士課程へ進学して相転移臨界現象の研究を続けたいです。専門分野を深めていくと、未だ解決されずに残されている問題は非常に難しくて、人間の短い人生は無力だと感じることがあります。それに立ち向かう心構えなどありますか。

網塚 自分にとって本当に意義のあることなのかどうかは、自分で決めるしかありません。研究者として自立していくためには、大きな目標は心の中に持ちつつ、それに近づくためにも、ある程度の年限で成果が出せる課題を自分で発掘して、小さなステップで取り組むのもいいでしょう。

加藤 網塚先生は物理一筋で進まれてきたと思いますが、悩んだことや、転機になったことや、挑戦して良かったことはありますか。

網塚 周りに恵まれて、いろいろなチャンスをもらえたことは幸いでした。海外留学は一つの節目でしたね。また、依頼を断らない心掛けが、ステップアップにつながりました。例えば、自分には難しいと思っていた大きなシンポジウムの講演を頼まれたときに、精一杯挑戦しました。失敗もたくさんしましたが、何事も経験だと思って前向きに取り組んできました。若いうちは失うものは少ないはずです。むしろ人前に出て顔を知ってもらうことが重要です。

浦上 研究の幅を広げるべきか、一つのことに深く取り組むべきか、バランスがよく分かりません。

網塚 私は、比較的狭い分野を続けてきましたが、むしろその分野が今も発展していると思っています。突き詰める価値のある問題だと自分が思えば深めればいいし、他にも興味があって、余力があるのだったら、どんどんチャレンジしたほうが良いのではないでしょうか。理学部には、融合分野の研究者が多くいるので、参考になると思います。

宮澤 日本の科学研究は年々縮小しているイメージがあるので、将来が心配になります。

網塚 確かに科学研究の勢いが衰えている雰囲気を見聞きするので、将来を悲観しかねないですね。私たち大学教職員に対する厳しい意見として、受け止めます。大学、国として、若い方たちに「研究者になりたい」という希望を抱いてもらえるような世の中にしないといけません。

女性研究者のキャリアパスについて

近藤 この先、結婚や出産や育児など、女性も男性も悩む時がくると思います。博士号取得が27歳ぐらいだと考えると、研究を続けることを悩みますが、いまは研究職に就きたい思いが強く、博士課程に進学することを決めました。でも自分の人生設計への不安はあります。

網塚 北大では、ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言(*4)がなされ、女性研究者や女子学生のサポートを推し進めています。これからもっと働きやすい社会にしていきますので、ぜひ研究活動を続けてほしいです。

加藤 先日参加した国際会議には、海外から子ども連れの方も含め女性が多くてびっくりしました。日本の学会は男性ばかりで、違いに驚きました。

網塚 確かに日本の物理分野はまだ女性が少ないですね。生物学は女性が多いのではないですか。

近藤 学部生は他学科よりは多いと思いますが、大学院生や研究者には女性は少ない印象です。

宮澤 自宅で研究ができる分野もありますが、現地に赴く必要のある実験系では産休・育休の難しさも感じます。

近藤 実際に何が必要か私にはまだ分かりませんが、必要な時にサポートが受けられたら助かると思います。

網塚 このように声を上げてもらうことが非常に貴重です。多様性は重要で、男性だけでは話が発展しません。女性が複数人いると、このように意見が出ます。さまざまな意見を取りあげる環境が必要だと考えています。

女性限定の取り組みについて

網塚 女性研究者の数を増やすために、奨学金や助成金、ポジションなどに「女性研究者限定」「女子学生枠」など設けられることがあり、男性は逆差別と感じる意見もあるようですが、いかがですか。

大槻 僕は、奨学金などの女性限定募集を見ると、正直ムッとしていました(笑)。でもいま、いろいろ話を聞いて考えさせられます。

網塚 私の研究室でも、女性限定に対して「それって不公平では……」との意見は出ます。でも、そうではなくて、いまの男性ばかりの世の中はおかしいと気付きませんか。逆の立場だったらどうでしょう。もし女性がずらっと並んでいて、そこに男性は自分一人だとしたら、その会議の中でどれだけ意見を言えるか考えてみて下さい。

[全員] 確かに居心地は悪そうです。一人だけだとやっぱり心細くなりますよね。

網塚 そのためにも、議論の場に出る女性教職員を増やし、よりよい環境を整えていきたいと考えています。

心身の健康を大切に

網塚 今日はありがとうございました。皆さんが本当に前向きに頑張っているので、うれしくなりました。最後にお伝えしたいことがあります。サイエンスは試行錯誤が多いので、そこでめげないように、心と身体のコントロールが大切です。重要な発見は、全く関係ないところから出てくることもあります。それに気付き、面白さを見出せるかどうかも、心のゆとり次第です。簡単なことではありませんが、心身の健康を保つ努力をしながら生活してください。

 

*4 ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言:無意識の差別や偏見を乗り越えたバイアスフリーキャンパスの実現を目指す。https://diversity.synfoster.hokudai.ac.jp/

※本コンテンツは理学部広報誌「彩」第9号(2023年2月発行)に掲載された特集です。また、学年は広報誌掲載当時のものです。

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