2 理学部創立100周年カウントダウン講演会(後編)

太田泰彦 氏(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)

2022年9月24日(土)にオンラインで開催された、第2回 理学部創立100周年カウントダウン講演会(後編)をお届けいたします。理学部は2030年に創立100周年を迎えます。輝かしい100周年というイベントに向けて、同窓生をはじめ、お世話になったみなさまにバトンリレーのような形で、理学の未来について語っていただく企画です。ゲストは太田泰彦(おおた・やすひこ)さん(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)です。「私が理学部で学んだこと・地政学的に見た世界の様子」と題してお話しいただきました。

前編:「私が理学部で学んだこと」から続く)

後編:「地政学的に見た世界の様子」

半導体から見た台湾

半導体のチップは、年々集積度(半導体集積回路一個当たりに組み込まれた素子の数)が上がっています。

半導体の集積度と生産ラインの割合

この図 は右に行くほど集積度が高い半導体を示しています。簡単に言うと回路の幅で、今は7~5ナノメートル程度、最先端では2ナノメートルなど、非常に細くなっています。エメラルドグリーンの部分が台湾で緑が中国です。台湾のシェアが大きくなっていて、特に台湾積体電路製造(TSMC)という会社の独壇場になっています。

次に半導体のサプライチェーンを簡単にまとめた図を示します。

半導体のサプライチェーン

アームはイギリス、クアルコムやアップルなどはアメリカのメーカーです。半導体の回路設計図のような基本的な知財は持っていますが、実際に製造をしているのは台湾のTSMCです。アップルの最近のiPhoneやMacBookはとても性能が良いですね。アップルは処理速度が非常に速いチップを開発しましたが、それをTSMCが作っています。

TSMCは世界で一番大きい半導体のファウンドリー(受託生産会社)です。南京にも工場があり、アメリカでもバイデン政権やトランプ政権から莫大な補助金をもらってアリゾナに数兆円の投資をして工場を建てています。日本政府も熱烈に誘致して、熊本に工場を作ることが決まりました。TSMCの拠点は台湾のシリコンバレーと呼ばれる新竹(シンチク)にあります。台湾海峡の対岸は中国の基地だらけです。仮定ですが、もし一番近い中国空軍の水門(スイモン)基地から一番速い戦闘機で飛んだら、わずか7分で台湾に来られてしまいます。その気になれば、台湾を中国の手中に落とすことができるのです。だからこそ、いま米中で揉めているわけで、台湾問題が非常にクローズアップされているのです。

半導体によるアメリカの国家戦略

半導体がないと、自動車も作れませんし、ありとあらゆる産業が止まるので、アメリカは半導体のサプライチェーンを自らの管理下におきたいのです。

米国半導体業会の調査を示した図

この図はアメリカの半導体工業会が作りました。この緑の線が半導体の流れの太いところで、中国、台湾、東南アジア、韓国の辺りで物が巡っているのが分かります。私たちが住んでいる東アジアは、戦略的に大事な場所なのです。

それでは次に何が起こるでしょうか。ここで理学部的に考えてみるわけです。論理的に考えれば、アメリカは安全保障の観点から、絶対に台湾を守りたいはず。台湾の生産力が必要だからです。アメリカは強引に中国と台湾の貿易を遮断しました。これによって、中国は困ります。すると、台湾を巡ってアメリカと中国の対立がさらに高まります。アメリカは軍事的プレゼンスをアピールすることによってプレッシャーをかけますし、TSMCを含む台湾企業の工場を、どうやってアメリカの国内に引っ張ってくるか腐心するわけです。一方、中国は台湾と切り離されると干上がってしまいますので、自分の国の中で半導体産業を育成していこうと、いま必死です。

アメリカのバイデン大統領は就任直後に、半導体のウエハーをかざして、これが現代のアメリカのインフラだと宣言しました。この時点で、アメリカの国家戦略は明らかです。「いままでは半導体を台湾に作ってもらっていたけれども、今度は自分たちで設計して自分たちで作る」、あるいは「台湾をコントロールできる国家戦略を打ち出そう」という宣言だったと思います。

アジアで繰り広げられる 半導体とデータの流れ

半導体を含めたデジタル技術をどのように自分のものにしていくか、いま戦いが起きています。二つの柱である半導体の「設計技術」と「製造力」が、国力を左右する大きな要因になってくると思います。そのためにアメリカ、中国、ヨーロッパ、日本が、さまざまな政策を打ち出しています。アジアはいま、半導体産業の戦いの現場なのです。

ヨーロッパとアメリカの半導体・デジタル拠点

半導体を作る最も優れた技術は、台湾のTSMCが持っています。一方で半導体を作るための最も高度な機械を作っているのは、実はオランダのASMLという会社です。細かい回路を刻むためには、非常に波長の短い極短紫外線が必要で、その露光装置を作る会社は、世界にここ一社しかありません。世界中の半導体メーカーがASMLに依存しているのです。台湾のTSMCだけではなく、ヨーロッパにもキーとなる企業があるのです。

 つまり中国とアメリカだけではなくて、アメリカとヨーロッパも競っているといえます。アメリカは全部自分で手に入れたいし、ヨーロッパもアメリカに付き従いたくはない。アメリカの半導体技術は、IBMを中心としてニューヨークのアルバニー市に集積していると言われています。アルバニーには、ナノテクコンプレックスと呼ばれる巨大な施設があり、公的資金も入り、各国から研究者が集まり、最先端の知見が集約され、そこで学んだ人が各地へ帰っていくというユニークな場所です。同じように、ブリュッセルのルーヴェン市にはヨーロッパの半導体技術拠点があり、研究組合のような組織形態で、日本を含む世界中の研究者、エンジニアが集まり、新領域の研究に取り組み知恵を出し合っています。このアルバニーとルーヴェンが、これから注目されていく場所となるでしょう。

ロシアとウクライナにおけるデジタル技術

そうこうしているうちに、ロシアがウクライナを侵攻しました。まさか、この時代にアナクロな戦争をするとは思いませんでした。この問題を理学部的な発想で考えてみると、いろいろな疑問が湧いてきます。ウクライナ軍が強い一つの理由はドローンです。ドローンで偵察、攻撃し、SNSを使って情報を共有することに長けています。ミサイルも積めるトルコの会社のバイラクタルという名のドローンを持っていることで、戦力の差が出ている面があります。とロシア軍が予想より苦戦している理由に、テクノロジーの問題があると思います。

ほかにも戦場ではいろいろな武器が使われます。マッハ5以上が出る極超音速ミサイルなど、とてつもなく速いミサイルの開発競争が加速しています。この新兵器への対抗手段を持っていないと国を守るのは極めて難しい。このような高速ミサイルを動かすのが、まさに高度な半導体とAIです。データと半導体、この二つのデジタル技術が要となって、次世代の軍事力を決めていくと言えるでしょう。ロシアは優れた半導体を設計できていますが、それを作っているのはやはり台湾のTSMCです。台湾のTSMCが無ければ、ロシアもまた干上がってしまう状況です。アメリカが台湾とロシアの貿易を封じたので、これからロシアの半導体の開発能力は落ちていくと思います。

中国の技術革新からも目が離せない

ロシアと中国は、仲良いわけではないけれど、敵の敵は友だちみたいな状況が生まれています。中国は台湾を自分の国の一部だと言っているけれども、アメリカは台湾を守ると言っているので、どうなるのか。中国は台湾に進攻するのかどうか。カギを握るのが国家主席の習近平氏です。その習氏がいつまで権力の座にいられるかが、最大の焦点になっていす。

また、中国のデジタル技術は非常に進んでいます。私は東南アジアに駐在していて、中国に何度も行きました。毎年のように風景が変わっていき驚きました。大都市では電気自動車が走り回っていますし、コロナ禍への対策が追い風となってAIもすさまじく進歩しています。AIの特許の出願数では、とっくにアメリカを超えています。ほんの数年前までは「中国は日本に追いつかなきゃいけない」と言っていたのが、いまや「日本が中国に追いつかなきゃいけない」時代になっています。

香港から車で30~40分の所に深圳(シンセン)という都市があります。ここが中国のデジタルの中心地です。深圳の中心部に電気街があります。華強北(ファーチャンペイ)という東京の秋葉原の部品街の100倍、もしかしたら1,000倍ぐらい大きい電子部品の区画です。ここに行くと、ありとあらゆる部品が売られています。アイデアと構想を持っていれば、とりあえずファーチャンペーに行ってみる。電子部品の仲買人と話すうちにさらにアイデアが深まって、それが形になっていく、そうしたイノベーションの拠点が中国に存在しています。深圳にはますます目が離せません。

混沌とした状況をデジタルで秩序化すべき

このような混沌とした世界の状況をどう秩序立てていくかが、私たちに与えられた課題です。私がいま注目しているのは、シンガポール、ニュージーランド、チリなどの非常に小さい国々の動きです。DEPA(ディーパ)=デジタル・エコノミー・パートナーシップ・アグリーメント(※Digital Economy Partnership Agreement)という、三つの小国が仲間になってデジタルのルールを作ろうという構想があります。この枠組みに、すかさず中国や他の国々が入ってきて、一緒に国際協定として育てていこうよと動き始めました。日本はちょっと乗り遅れていますね。デジタルのルールづくりに関与していくのは、いま、どの国にとっても最優先の政策課題だと思います。

新聞記者の根底には理学部の学びがある

いろいろな世界を見て、取材をし、記事を書いていますが、その根っこにあるのは、私が理学部で学んだ、①観察する、②考える、③疑問を持つ、④仮説を立てる、⑤実証していくというプロセスです。マスコミに限らず、どのような仕事でもこうした理学部的な思考が重要ではないでしょうか。私自身、北大の理学部に来なかったら、おそらく新聞記者にはなっていませんでした。私の背中を押したのは、やはり北海道のフロンティア精神、自由で開放的な空気です。それは日本全国を見回しても北大にしかありません。

” To Infinity and Beyond! “

最後にやはり「世界は広いぞ!」と申し上げたいです。” To Infinity and Beyond! “はトイ・ストーリーのセリフです。世界は広く、さらにその先へと続いていきます。自然科学の精神、つまり理学部で学んだ物事の考え方を持っていれば、どこにでもフロンティアを切り拓いて進んでいくことができるでしょう。そしてアンビシャス精神を携えていってください。

太田泰彦 氏(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)
1961年東京生まれ。1985年、北海道大学理学部化学科卒業(化学第二学科19期/固体化学講座)。日本経済新聞編集委員。1985年入社、その後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。ワシントン、フランクフルト、シンガポールに駐在し、通商、外交、テクノロジー、国際金融などをテーマに取材活動を続けてきた。中国の「一帯一路」構想の報道などで2017年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

国際政治・経済に関する著書多数。文化・歴史の分野もテーマとし、著書『プラナカン~東南アジアを動かす謎の民』(2018年6月)では、芸術的感性に富む19世紀の中華系移民に焦点を当てた。近著『2030 半導体の地政学~戦略物資を支配するのは誰か』(2021年11月)は、米中対立など緊迫する世界情勢を半導体という視点から描き、ベストセラーとなった。

趣味は能楽とフルート演奏。シテ方観世流梅若会で仕舞と謡を稽古している。休日は家でぼんやり過ごす。

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