2 理学部創立100周年カウントダウン講演会(前編)

太田泰彦 氏(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)

第2回 理学部創立100周年カウントダウン講演会が、2022年9月24日(土)にオンラインで開催されました。理学部は2030年に創立100周年を迎えます。輝かしい100周年というイベントに向けて、同窓生をはじめ、お世話になったみなさまにバトンリレーのような形で、理学の未来について語っていただく企画です。

ゲストは太田泰彦(おおた・やすひこ)さん(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)です。「私が理学部で学んだこと・地政学的に見た世界の様子」と題してお話しいただきました。

前編:「私が理学部で学んだこと」

札幌に来るのは久しぶりで、北大を歩くといろいろな思い出がよみがえってきます。この建物が残っていること自体に感動します。今日は理学部で学んだことが、記者活動にどう生きているのか、お話しします。

北大に憧れて

新聞記者として世界中に駐在しました。ワシントンやドイツ、シンガポールなど、海外で過ごしながら、よく理学部のことを思い出していました。そもそもなぜ北大を選んだのか。東京生まれ東京育ちの私は高校生の多感なころ、新しいフロンティアに行きたくなりました。自然科学、その中でも純粋科学が好きで、真理を探求する、好きなことを研究し尽くす学問分野に憧れました。北大は、自分が理想とする環境と世界で一流の先生が揃っていた上に、旅行で来た時にキャンパス内を歩いて、すっかり惚れ込んでしまったのです。

憧れの北海道に住んでみて生易くない現実も知ることになります。特に冬は、信じられないほど厳しかったです。吹雪いていても授業はあります。そんな日々を過ごしていると、細かいことはもうどうでも良くなります。厳しい環境と、おおらかな雰囲気の中にいるうちに、小さなことを考えなくなりました。また、北大で出会った友人や先生は日本各地から集まっていました。学生時代に多彩な友人ができたことは、大きな財産になっています。

理学部そして、新聞記者へ

理学部で有機物理化学の大澤映二先生に出会いました。大澤先生はフラーレンの構造を、実際に合成される前から予測して計算していました。当時の大型計算機センターに通って、ゴリゴリ回して、量子化学計算や力学計算をして、形を描いていくような研究をやりました。

当時の日本には技術立国として科学技術で国を栄えさせようという気運がありました。バブル経済の少し前です。その中で、「科学技術の世界」つまり私たちが学んでいる理学の世界と、「社会」いわゆる日々の生活、それぞれの人生がある社会が、あまりにも隔絶していると感じていました。大学3年生の頃、この両方を橋渡しできる仕事を探し、見つけたのが新聞記者でした。

 

理学とは

自然科学、基礎科学とは何か。ある何かの真理、宇宙の真理みたいなものがあり、それが何だか分からないけれど、どうしても知りたくなる。そのために、少しずつ岩盤をうがっていき、真理に近づこうという信念みたいなものだと思います。

そして、理学部で何を学んだか。一言で言えば、クリティカル・シンキング、あるいはロジカル・シンキングでしょうか。まず、何が起きているかじっと見つめて、その次に一つ一つの要素を理屈で考えて結論を導くことです。

シンガポール駐在時に、米海軍のロナルド・レーガンという航空母艦に搭乗して取材したことがあります。まずは艦内の様子をよく見ます。雄弁に語る士官の表情、離着陸する戦闘機の爆音、それから、若い兵士のちょっとした会話の中身など、すべてに注目します。目隠しをされて空母に連れて来られたので、艦長さんに「私たちはいま、どこにいるのですか」と聞くと、「それは言えない」と返事があるわけです。「南シナ海のどこかにあなたはいる」とも言われました。「ノーコメント」も一つの情報です。そこには、言えない理由があるわけで、あるいは、言わないことによって意味を持つ軍事的な力があるのです。じっと見て、首をかしげて考える。観察した事象の裏にある真実を確かめようと考える思考様式は理学部で身につけました。

いまの関心 〜半導体という技術を通して世界を見る〜

いまは、半導体に関心をもっており、最近『2030半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』という本を書きました。半導体はまさに技術の粋を集めた電子部品です。その電子部品を技術的に見るのではなくて、電子部品から世界を見るという発想で取材をし、本にまとめました。

科学技術のエンジニアだけでなく、政治家、政策をつくる官僚、ビジネスの経営者などにも読まれています。直接、半導体に関係ない方々が、半導体という技術を通して世界を俯瞰する、そこにニーズがあったのだと思います。

今年(2022年)ロシアがウクライナに侵攻しました。また、アメリカと中国が対立していますが、この先行きがどうなるのかも気になります。テクノロジーの面では、やはりデジタル技術の行方にも関心があります。イノベーションを起こす土壌や文化、社会の状況、社会的環境などが、どうやったら生み出されるのか、それとも自然に生まれるのか。このようなことに興味を持って、取材を続けています。

オンラインで参加した同窓生たちの記念写真

後編:「地政学的に見た世界の様子」に続く≫

太田泰彦 氏(理学部化学科卒業/日本経済新聞編集委員)
1961年東京生まれ。1985年、北海道大学理学部化学科卒業(化学第二学科19期/固体化学講座)。日本経済新聞編集委員。1985年入社、その後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。ワシントン、フランクフルト、シンガポールに駐在し、通商、外交、テクノロジー、国際金融などをテーマに取材活動を続けてきた。中国の「一帯一路」構想の報道などで2017年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

国際政治・経済に関する著書多数。文化・歴史の分野もテーマとし、著書『プラナカン~東南アジアを動かす謎の民』(2018年6月)では、芸術的感性に富む19世紀の中華系移民に焦点を当てた。近著『2030 半導体の地政学~戦略物資を支配するのは誰か』(2021年11月)は、米中対立など緊迫する世界情勢を半導体という視点から描き、ベストセラーとなった。

趣味は能楽とフルート演奏。シテ方観世流梅若会で仕舞と謡を稽古している。休日は家でぼんやり過ごす。

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