わたしの一冊 ~理学部教員の本棚より~
皆さんは、心に響く一冊や、新たな発見をもたらしてくれる本との出会いがありますか?
今回は、理学部の教員たちが自らの人生や研究に深く影響を与えた本を語る特集記事をお届けします。どの本も、単に知識を得るだけでなく、思考を深め、視野を広げ、時には人生の指針となるような力を持っています。理学部の多様な学科で活躍する教員たちの「本棚」から、彼らがどのように本と向き合い、どのような影響を受けてきたのかをぜひご覧下さい。
三品具文 准教授(物理学科)
1959年栃木県鹿沼市生まれ。京都大学出身。筑波大学を経て2001年より北大。実験室のカギに、ポケットに入らないサイズのクマのぬいぐるみキーホルダーを付けて紛失防止対策をしている。
量子力学を理解したくて…その1
学生時代、量子力学に興味がありましたが、かなり難しく感じました。なんとか理解したくていろいろな教科書を読みました。当時すでに朝永振一郎先生やアメリカのファインマンによって量子電磁力学が完成されたと言われていました。でもいきなり専門書はハードルが高いので、まずは読み物的な「困ります、ファインマンさん」「ランダウの素顔」などを手に取りました。大学の1、2年生の頃です。導入としてはよかったのですが、物足りなく感じました。次に、友人に紹介されたのが「スピンはめぐる」。専門的なことに加えていろいろなエピソードも書いてあり、雰囲気は伝わるのですが、結局量子力学に関しては分からないままでした。
量子力学を理解したくて…その2
朝永先生が書いた「量子力学」は切り口が独特だと聞き、興味を持って読んでみました。ところが分からない。量子力学といえば、シュレディンガー方程式を解くのが一般的ですが、この本ではその代わりに行列を使って説明していました。難しくて理解が追いつかない部分もありましたが、どうしても知りたいという気持ちで最後まで読みました。結果、感覚は少しつかめましたが、朝永先生の本は私にはあまり合わないと思いました。
量子力学を理解したくて…その3
「専門にするなら読んだ方が良い」という言葉を信じて、次に買ってしまったのがディラックの「量子力学」です。あのファインマンが仰いでいたディラックですから、これを読んだら分かるかなと思いましたが……。原著(英語)で読み始めたら全く分からず、日本語訳も見比べながら読みました。何回も途方に暮れましたが、根気強く向き合ったつもりです。結局ディ ラックの本が私には向いていたようで今でも読み返しています。

実験と理論
現在は、液体にフェムト秒という非常に時間幅の狭い光パルスレーザーを当てることによって格子が変形して振 動する現象(コヒーレントフォノン) を調べています。実験をしていると実験技術に関するノウハウ本を使うことが多くなります。しかし基礎的な疑問が湧くと、ディラックの教科書に戻って考えます。教科書の記述と、実際の現象を結びつけるのは非常に難しいことを日々実感しています。
自分に合う教科書に出会ってほしい
教科書を読んですぐには理解できなくても、いろいろ経験した後に、あぁ!とつながることが僕は多いで す。同じテーマでも著者によって考え方の違いがあります。最近はウェブの普及により情報過多かもしれませんが、自分の考え方や性格に一番合う教科書を探してみてください。学生のみなさん、分からないと思っても諦めないことが大切です。迷いながら進むと何度も同じところで壁にぶつかるように感じますが、一周して戻ってくると少しだけ壁が低くなっているものです。らせん状に少しずつ上っていると信じて取り組んでください。
紹介した本
『困ります、ファインマンさん』 Richard P. Feynman(著)、大貫昌子(翻訳)、岩波現代文 庫
『ランダウの素顔―現代物理学の万能選手』ア・リワノワ(著)、松川秀郎(翻訳)、東京図書
『スピンはめぐる-成熟期の量子力学』朝永振一郎(著)、中央公論新社
『量子力学Ⅰ/Ⅱ』朝永 振一郎(著)、みすず書房
『The Principles of QUANTUM MECHANICS』 P. A. M. DIRAC Oxford University Press、みすず書房
『ディラック 量子力学』朝永振一郎(他共訳)、岩波書店
理学部広報誌「彩」第12号(2025年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物
※肩書、所属は、広報誌発行当時のものです。