小林真平教授の専門は微分幾何学。微分できるもの、つまり角がないなめらかな曲面(専門用語では多様体)を対象にしています。中でも長年取り組んでいるのが、平均曲率一定曲面。「取材は苦手なんですよ〜」と苦笑いしながら話してくれました。
しゃぼん玉の数理
ハイゼンベルグ群における極小曲面平均曲率一定曲面しゃぼん玉をイメージしてみてください。必ず球面です。吹いた瞬間は歪んだりしますが、しばらくすると必ず球面になります。ここに数学的な意味があります。これは中の空気の体積を変えずに表面積を最小にした結果です。さらに球面上のどこに立っても見える景色は同じ、つまり曲面の曲がり具合が一定になっています。
平均曲率一定曲面
このような曲面を数学の言葉で「平均曲率一定曲面」と言います。いわば「数学的しゃぼん玉」です。数学者ハインツ・ホップは、1950年代に「穴のない閉じた平均曲率一定曲面は球面のみ」という定理を証明しました。そして「穴が開いている場合に存在するか?」と問題提起しました。ホップの問題と言われ、存在しないだろうと予想されていました。
ところが、1986年にヘンリー・ウェンテが、写真の球が3つくっついたような「ウェンテ・トーラス」を見出しました。トーラス(ドーナツ型)という名前がついていますが、穴もないし一見違うように見えますね。でも実はトーラスを変形させたもので数学的に同じ形、同じトポロジーになります。これが穴が開いている平均曲率一定曲面、つまり球面ではない数学的しゃぼん玉の例です。
桂田芳枝博士
北大の数学といえば、数学分野で日本女性初の理学博士となった桂田芳枝博士(1911〜1980)が有名です。先述のホップと交流があり、共著論文も出しています。彼女は球面が好きで、n次元のユークリッド空間中での球面の条件などを調べていました。平均曲率一定曲面の次元が高い問題です。
私は球面よりもウェンテ・トーラスの方に興味があり、このような複雑な形の作り方を研究しています。同じ分野ですが、実は私自身は北大に赴任するまで、桂田芳枝博士のことは知りませんでした(笑)。
数学的しゃぼん玉を探す
他にどんな数学的しゃぼん玉があり得るか研究しています。最近はユークリッド空間ではなく、より一般の空間を対象にしています。ページ右上の図は昨年論文で発表した、3次元ハイゼンベルグ群と呼ばれる空間における平均曲率が一定で零の極小曲面です。C Gで計算結果を厳密に表現でき、理解しやすいですね。
数学者たちは、現実世界とは関係なく数学的な記述を追究しています。一方で、その考え方を建築や構造設計、物理現象などへ応用している人もいます。分かりやすい例をあげると、球形の家は、強度が高く表面積が最小のため、少ない材料で広い居住空間を確保することができます。円柱を半分にしたかまぼこ型もある種の平均曲率一定曲面です。このような形の建物はすでにありますね。私が導いた曲面も、どこかでその考えが応用されるかもしれません。
学生指導について
数学は基本的に個人で取り組みます。大野優さん(理学院博士後期課程3年)や古郷優平さん(同1年)は、博士課程の学生ですから課題を私から提案もしますが、将来的には自分で課題設定できるようになる必要があります。今は、それぞれの課題を自分で考えてもらい、ディスカッションを繰り返し、理解を深めていきます。結果がまとまったら一緒に論文を書きます。研究テーマは私の研究とは少し違うものに挑戦してもらっています。新しい内容は私自身も楽しいものです。
高見沢怜さん(理学院修士課程1年)は、東京理科大学を卒業し、この春から北大の大学院に来て勉強中です。彼は聞きたいことがあると、ちゃんと質問をするので、ゼミに良い刺激を与えてくれます。
また、古郷さんは学生主体の3Dプリンタープロジェクトのリーダーを務めており、幾何学的におもしろい立体を3Dプリンターで作っています。総合博物館での販売も企画しているので、応援しています。
私にとっての数学
数学は、1000回やって999回失敗するゲームのようなものなので、精神的に辛くなることもあります。だからこそ解けた時は達成感と安堵感があります。大変ですが私は数学が好きです。単純な足し算でも純粋に楽しいです。1+1=2になることに毎回感動するわけではないですが、なんというか、心が落ち着くんです。計算をしていると、自分が循環する感じがします。音楽家が毎日練習を欠かさず行うような感じでしょうか。私もそのように日々の習慣として数学を続けています。みなさんも、数学が好きだと思ったら、周りに惑わされず、迷わず、ためらわずに挑戦してみてください。チャレンジを待っています。
論文紹介:
Minimal cylinders in the three-dimensional Heisenberg group
Shimpei Kobayashi, Mathematische annalen, 388(3), 3299-3317
https://doi.org/10.1007/s00208-023-02610-0
小林 真平 教授
大阪府出身。2013年秋より北大。ハイゼンベルグ群の平均曲率一定曲面の研究は、ドイツの研究者との雑談のようなブレストがきっかけで始めた。学生時代は、恩師や先輩と飲みに行き様々な話を聞くのを楽しんでいた。著書「曲面とベクトル解析」(日本評論社)他。
理学部広報誌「彩」第11号(2024年8月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物
※肩書、所属、学年は広報誌発行当時のものです。