沢田健 教授(生物/有機地球化学研究室)は、過去の環境復元をテーマにさまざまな研究にチャレンジしています。今回はその中から2つのトピックス「地球最古の陸上生物」と「バイオマーカー」について話を聞きました。
化石といっても分子化石!?
私たちは、古い時代の岩石や堆積物に含まれる化石を分析して、当時の環境がどうなっていたかを調べ、復元を試みています。化石というと恐竜やアンモナイトなどを想像するかもしれませんが、私たちの研究対象はもっとずっと小さい『分子化石』です。
バクテリアや微細藻類をはじめとする微生物が合成するステロイドやホパノイドといった有機物の骨格部分は、数億年前の岩石や堆積物の中でも分解されずに残っています。それを質量分析や同位体分析など有機化学の手法で調べます。今は分析装置の開発も進み、1gの試料の中にわずか数fg(フェムトグラム、10-15g)という超微量でも検出できます。その組成や同位体比を調べることで、当時の生物の活動や海水温など、過去の環境を知ることができるのです。古い時代の環境やその変化を分子化石から調べ、未知の地球の歴史を解き明かしたいと考えています。
地球最古の陸上生物を探す
地球の歴史の中でも特にいつ頃から生き物が陸上に進出したのか知りたいと思っています。古生代(約4億年前)以降、植物化石が見つかっていることから、その時期にすでに陸上に植物が存在していたことが分かっています。そしてそれよりも前にもっと原始的な菌類などが陸上進出していたと考えられます。しかし菌類は目に見える化石としては残りません。そこで私たちは分子化石を使ってアプローチしているのです。
今注目しているのが、『地衣類(ちいるい)』です。これは藻類(緑藻や藍藻(シアノバクテリア))と菌類(カビのようなもの)が共生しているものです。地衣類がもしかしたら陸上の生態系を作るはじめのきっかけに関係したのではないか、という仮説に基づいて研究を進めています。研究には地球上で最も古い岩石が分布しているグリーンランドの岩石を使っています。その結果、およそ10億年前には地衣類が陸上に出現していたと考えられます。地球最古の陸上生物を探求し、そこをきっかけに、陸上の生態系はいつごろできたのか、どのように広がっていったのかも明らかにしたいです。
地球だけでなく火星にも……
このように地球の歴史を調べていますが、この手法は火星の生命の痕跡調査に応用できると考えています。今は火星に生き物はいないと言われていますが、過去には生命が存在していた可能性があります。火星の分子化石を分析したら、もしかすると新しい発見があるかもしれません。
有能なバイオマーカー『アルケノン』
私たちは、新しい時代についても積極的に研究をしています。第四紀(約260万年前〜現在)といって、氷河期と間氷期が繰り返される今の時代のことです。この気候変動の大きな時代を調べるのに、『バイオマーカー』を使います。これは、藻類中の分子の二重結合の数が温度に対してきれいに一次関数的に変化することを利用した指標です。私は大学院生時代(1990年代)から、バイオマーカーの研究を続けており、現在の研究室はバイオマーカーの開発で世界的にも認められています。主に使っているのは『アルケノン』という物質です。堆積物中からアルケノンを取り出して分析すると、過去の水温を正確に見積もることができるので、現在では古気候学の分野だけでなく、さまざまな分野で多くの研究者が使っています。アルケノンは非常に優れたバイオマーカーと言えます。
過去を知って未来を考える
過去の気候変動を調べるのに、サンゴや有孔虫などの石灰殻を使う方法もあります。ところが石灰殻を構成する炭酸カルシウムは太平洋の深海では溶けて残りません。そのため太平洋側の過去の気候変動はこれまでなかなか研究できませんでした。しかし、バイオマーカーのような有機物は深海でもよく保存されます。また、アルケノンを合成するハプト藻は世界中の海に堆積しているので、私たちが開発しているバイオマーカーを使うと世界中の過去の気温変動を知ることができるのです。私はIODP(国際深海科学掘削計画)にも参加し、地球深部探査船で世界中の深海の堆積物を調べています。過去の気温変動は一年単位で分かり、±0.5℃の高い精度で求めることができます。これらのデータを大気海洋結合モデルに入れることで古気候の復元が可能になります。さらに地球の過去を知ることは、気候の未来予測にも繋がります。今を生きる私たちに投げかけられた地球温暖化や生物・環境の多様性維持という問いにも関わる研究です。
こんな学生さんウェルカムです!
生物有機地球化学の研究は特定の分野にこだわりません。地球科学・化学・生物学などを駆使し横断的な視点で研究に取り組んでいます。また多くの分野の共同研究者と協力しながら進めています。興味あることになんでもチャレンジして、新しい考えを開拓したい方はぜひ一緒に研究をしましょう。固定観念にとらわれずに自分で考えて新しいことを生み出してほしいです。
沢田 健 教授
青森県出身。堆積物や化石を化学分析するだけでなく、ダイナミックな地層や地質学的な風景を見に行くことに興味がある。趣味は読書(純文学・SF)、スポーツ観戦、山野海散策。
理学部広報誌「彩」第7号(2022年2月発行)掲載。>理学部 広報・刊行物
※肩書、所属、学年は広報誌発行当時のものです。