北海道大学理学部生物科学科/生物学の中野亮平教授らのグループは、ヤギェウォ大学の山田健志主任研究員、ポーランド科学アカデミーのPaweł Bednarek教授らとの共同研究により、アブラナ科植物が根圏の常在微生物叢(マイクロバイオータ[1])を制御するメカニズムの一端を明らかにし、この成果を植物科学の有力国際誌であるNew Phytologistに発表しました。以下、中野教授による解説です。
動物や植物を含む真核細胞は、脂質の膜を使って細胞内にたくさんの「区画」を作って様々な役割分担を実現しています(細胞内小器官あるいはオルガネラと呼ばれる)。たとえば「小胞体」というオルガネラはあらゆる真核細胞に存在していて、細胞内のタンパク質工場として働いています。さらに一部の植物は、この小胞体に由来する固有なオルガネラを獲得して特殊な機能を発揮することに成功しています。中野教授や山田主任研究員らのグループは、アブラナ科[2]や近縁の植物が作る小胞体由来オルガネラ「ER body」に着目した研究を行ってきました(参考:Nakano and Yamada et al., 2014, https://doi.org/10.3389/fpls.2014.00073)。
ER bodyにはPYK10という酵素が大量に蓄積しています。この酵素が「グルコシノレート」という基質と出会うと、様々な生物に対する忌避物質を作り出し、葉においてはそれが食植生昆虫などに対する防御システムとして働いていることが知られていました(Yamada et al., 2020, https://doi.org/10.1038/s42003-019-0739-1; 京都大学プレスリリース
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-01-15-1)。一方、ER bodyは根にも大量に蓄積しますが、その地下部における役割はまったく明らかになっていませんでした。
中野教授らは、根やその周囲(根圏)に存在する微生物のコミュニティである微生物叢(「マイクロバイオータ」)との相互作用において、ER bodyやそこに蓄積するPYK10が重要な役割を担っていると考えました。そこで、ER bodyを欠損する突然変異体植物やその基質を作り出すトリプトファン代謝経路[3]が異常になる突然変異体植物を天然土壌で育成し、次世代シーケンサを用いてその根に形成されるマイクロバイオータの構造を解析したところ、確かに野生型とは異なるコミュニティが構築されていることを明らかにしました。これらの植物の根から分泌される化合物のみを抽出・精製して土壌を処理するだけでも野生型と変異体の効果に差がみられたことから、ER bodyは根圏へのトリプトファン由来化合物の分泌などを介して、根や根の周囲に構築されるマイクロバイオータの形成を制御していることが明らかとなりました。半世紀以上前に発見された「アブラナ科の根に存在する小胞体由来の未同定構造体」(のちにER bodyと判明)の生理学的な機能を、ついに明らかにする成果となりました。
アブラナ科野菜は世界中で広く消費される重要な作物であるとともに、そのグルコシノレートの活性を利用して土壌の病原菌を除去する「バイオ燻蒸 biofumigation」にも用いられるなど、高い農業的価値を示します。本研究の成果は、根圏微生物を利用したその成長性の改善に役立つとともに、バイオ燻蒸のメカニズム解明へも貢献し得るものです。
また、細胞内に蓄積する酵素が細胞外・組織外への化合物の分泌を制御するという一見矛盾した現象は、植物細胞内・組織内におけるダイナミックな物質のやり取りやタンパク質局在の変動などが起こっていることを示唆しています。「動くことができない」と表現されがちな植物が、その内部では実は極めて忙しく細胞生理を変化させている、そんな植物のダイナミックさの片鱗が見える研究となりました。今後、実際に微生物に影響を与える物質の特定やそのメカニズム、その物質の分泌がER bodyによって制御されるメカニズムなどを明らかにしていくことで、土壌微生物と根の間に存在する「分泌性化合物を介した分子的な会話」のメカニズムを追究し、植物微生物相互作用の分子基盤の理解をさらに深めていくことが期待されます。
なお本研究は、中野教授の前所属であるマックスプランク植物育種学研究所において、日本学術振興会(JSPS)、ドイツ研究振興協会(DFG)、ポーランド国立科学センター(NCN)の支援を受けて行われました。
発表論文:
ER body-resident myrosinases and tryptophan specialized metabolism modulate root microbiota assembly. (ER body蓄積型ミロシナーゼとトリプトファン特化代謝は根マイクロバイオータの構築を制御する)
著者:
Arpan Kumar Basak1, Anna Piasecka2, Jana Hucklenbroich3, Gözde Merve Türksoy3, Rui Guan3, Pengfan Zhang3, Felix Getzke3, Ruben Garrido-Oter3, Stephane Hacquard3, Kazimierz Strzałka1, Paweł Bednarek2, Kenji Yamada (山田健志)1, and Ryohei Thomas Nakano (中野亮平)3
1ヤギェウォ大学・マウォポルスカバイオテクノロジーセンター
2ポーランド科学アカデミー・有機化学研究所
3マックスプランク植物育種学研究所
雑誌名:New Phytologist
公表日:2023年9月28日(オンライン公開)
DOI:https://doi.org/10.1111/nph.19289
[1] 動物や植物など、様々な生物に定着する様々な微生物の総体をマイクロバイオータと呼ぶ。哺乳類では腸内細菌叢などを指す言葉としてよく使われる。植物においてもその生理現象に広く影響を及ぼすことから、植物の生き様を考える上で不可分の一部として捉えることの重要性が提唱されている。
[2] ブロッコリーや大根、小松菜、ルッコラ、からし菜、ワサビなど重要な作物を含む植物のグループ。世界中で最も広く分子生物学に用いられているモデル植物「シロイヌナズナ」も、アブラナ科の一種。
[3] 必須アミノ酸であるトリプトファンをさらに代謝して変化させることで多様な二次代謝産物を産生する分子経路。特に、抗菌物質や病原体に対する抵抗性に関わる化合物など、植物微生物相互作用に重要なものが多く含まれる。