形態機能学系の伊藤秀臣准教授は、東京大学の角谷徹仁教授や塚原小百合特任研究員らと共同で、セントロメアの速い進化を促進するレトロトランスポゾンの特異的な挿入機構を解明しました。セントロメアは染色体分配に関与する重要なゲノム領域ですが、DNA配列は進化のスピードが速く、「セントロメアパラドックス」とも呼ばれます。
今回の研究では、Arabidopsis lyrataに含まれるTy1/COPIA型レトロトランスポゾン「Tal1」が、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のセントロメア領域に特異的に転移することを確認しました。特に、セントロメア特異的なヒストン亜種であるCENH3がレトロトランスポゾンのターゲティングに関与していることを発見。さらに、Tal1と同じALE4グループに属するEVADE(EVD)は、セントロメアではなく染色体腕部に特異的に転移することを示し、異なる転移先がトランスポゾンの分子構造に依存する可能性が示唆されました。
研究の背景
セントロメアは、細胞分裂時に染色体が正しく分配されるための重要な領域であり、縦列型反復配列やトランスポゾンが多く含まれます。従来の技術では、セントロメアの詳細な構造を解明するのが難しかったものの、最近のゲノム解読技術の進歩により、セントロメア領域のDNA配列が判明し始めました。
研究の内容
- レトロトランスポゾンのセントロメア領域への特異的な転移
*Tal1は、シロイヌナズナのセントロメア領域に特異的に転移し、EVDは染色体の腕部に転移することが確認されました。
*CENH3の過剰発現により、CENH3の分布領域が拡大し、Tal1の挿入領域も広がることが判明。これにより、Tal1がCENH3を標的としていることが強く示唆されました。 - トランスポゾンのインテグレース(Integrase)領域の重要性
*Tal1やEVDの転移パターンは、トランスポゾン内のインテグレース(Integrase)領域の特定のアミノ酸に依存していることが示されました。
*インテグレース領域のアミノ酸変異を導入することで、Tal1がセントロメアではなく染色体腕部に転移するように変化することが確認されました。
今後の展望
本研究は、トランスポゾンの挙動を調べることで、ゲノム進化の基礎的な仕組みを解明する新たな道筋を示すものです。今後は、さまざまな生物のセントロメア領域を調査し、トランスポゾンのターゲティング機構が他の植物種にも当てはまるのかを明らかにする予定です。
論文情報
雑誌名:Nature
タイトル:Centrophilic retrotransposon integration via CENH3 chromatin in Arabidopsis
著者:Sayuri Tsukahara*, Alexandros Bousios*, Estela Perez-Roman, Sota Yamaguchi, Basile Leduque, Aimi Nakano, Matthew Naish, Akihisa Osakabe, Atsushi Toyoda, Hidetaka Ito, Alejandro Edera, Sayaka Tominaga, Juliarni, Kae Kato, Shoko Oda, Soichi Inagaki, Zdravko Lorković, Kiyotaka Nagaki, Frédéric Berger, Akira Kawabe, Leandro Quadrana, Ian Henderson & Tetsuji Kakutani* (*責任著者)
DOI:10.1038/s41586-024-08319-7
論文解禁日時:日本時間2025年1月2日午前1時(英国時間:2025年1月1日16時)
リリース配信日時:日本時間2025年1月7日14時(配信と同時にウェブ公開)
プレスリリース:https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/250107_pr2.pdf
このように、伊藤秀臣准教授が共同著者として参加した研究は、科学誌「Nature」に掲載されました。これは、同氏にとって通算3度目の掲載という快挙となります。