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ニュース

【生物学】深海に潜るクジラの視覚は薄暗さにだけでなく水圧にも耐えている ~強い水圧下における視物質ロドプシンの構造安定化に関わる適応進化を解明~

研究ニュース
2026年5月22日

ポイント
・深海潜水性クジラ(マッコウクジラやアカボウクジラの仲間)は水深数千メートルの深海に潜る。
・視物質ロドプシンが、深海潜水性クジラにおいて高水圧に耐える方向へ進化していたことを発見。
・深海の薄暗さに対してだけでなく、高水圧に対しても、深海潜水性クジラの視覚は適応していた。

概要
 生態遺伝学系の早川卓志助教と大学院生の竹内颯さん(環境科学院博士後期課程)の研究グループは、水深数千メートルにもなる深海に潜るクジラ類(アカボウクジラ科及びマッコウクジラ上科)において、眼の網膜で光を受容する役割を担う視物質ロドプシンが、深海の強い水圧に耐える方向に進化してきたことを明らかにしました。51種のクジラ類のロドプシン遺伝子の塩基配列に対して、本研究で新しく開発した分子進化モデル解析を適用し、これら深海潜水性のクジラ類では、ロドプシンタンパク質の圧縮性に大きな変化をもたらす置換が選ばれやすいことが示されました。さらに、高圧条件下でのロドプシンの構造動態を分子動力学シミュレーションにより解析した結果、ロドプシンタンパク質を構成するアミノ酸配列の299位にアラニンを持つ型が、セリンを持つ型に比べて、タンパク質構造の揺らぎが小さく、圧縮率の変化や自由エネルギーコストも低いことが分かりました。これらの結果から、深海潜水性クジラでは、ロドプシンが深海の薄暗い光環境に対してだけでなく、高水圧に対しても適応してきたことが示されました。本研究は、深海環境におけるタンパク質適応の仕組みに新たな視点を与えるものです。
 なお、本研究成果は、2026年3月16日(月)公開のGenome Biology and Evolution誌にオンライン掲載されました。

深海潜水性クジラ類(左)。視物質ロドプシンの立体構造と深海の高静水圧に適したアミノ酸(アラニンとセリン)(右)。

【背景】
 クジラ類(クジラ、イルカの仲間)は世界中の海や河川に生息しており、約90種が知られています。その中で、マッコウクジラやアカボウクジラの仲間は、海中を数百メートルから数千メートルの深さまで潜ることのできる、屈指の潜水能力を持つ哺乳類です(図1)。これらの深海潜水性のクジラは、長時間の潜水を繰り返しながら、餌の探索や捕食を行っています。こうした深海には太陽光がほとんど届かず、非常に薄暗い環境となっています。同時に、水深が深くなるほど静水圧(動的な流れのない状態での水中での圧力のこと)が増加し、水深数千メートルでは地上での圧力の数百倍にも達します。このような強い水圧は、身体全体に対してだけでなく、タンパク質などのミクロなレベルでの、生体分子の構造や働きにも大きな影響を与えることが知られています。
 薄暗い環境であっても、深海潜水性のクジラは、餌の探索や周囲の状況把握において視覚に依存しています。視覚を支える中心的な分子が、網膜に存在するタンパク質である視物質です。視物質は光を吸収することで、「光が見えた」と神経を介して脳に伝えます。視物質の一つである「ロドプシン」は、弱い光にも反応する性質を持ち、暗い環境での視覚機能に不可欠な存在です(図2)。これまでの研究では、クジラ類のロドプシンは、水中の光環境に適応するように進化してきたことが明らかにされてきました。例えば、水中で効率よく光を捉えるための吸収波長の変化などが詳しく調べられています。
 しかし、深海環境におけるもう一つの大きな特徴である「強い水圧」が、ロドプシンの進化にどのような影響を与えてきたのかについては、これまでほとんど検討されていませんでした。深海潜水性のクジラは深海に定住しているわけではなく、潜水と浮上を繰り返すことで、短時間のうちに大きな圧力変化にさらされます。そのため、視覚を担うロドプシンが、こうした圧力変化の中でも安定して働いているのではないかという仮説を研究チームは立てました。
 そこで、深海潜水性クジラ類においてロドプシンが高水圧環境に適応しているかどうかを検証しました。特に、進化の過程でどのような分子レベルの変化が生じてきたのかに注目しました。さらに、そのような変化が実際にタンパク質の性質にどのような影響を与えるのかについて解析を行いました。

 

【研究手法】
 深海潜水性クジラ類のロドプシンが高静水圧に適応しているかどうかを調べるために、二つの解析を組み合わせました。一つ目は、クジラ類のロドプシン遺伝子の塩基配列の進化分析です。二つ目は、ロドプシンが高圧下でどのように振る舞うかを調べる分子動力学シミュレーションです。
 まず、51種のクジラ類について、ロドプシン遺伝子の塩基配列を集めました。比較対象(外群)としてクジラ類に最も近縁なカバの塩基配列を用いました。そして、深く潜ることが知られているマッコウクジラ上科とアカボウクジラ科の系統で、ロドプシンを構成するアミノ酸にどのような変異が蓄積してきたのかを調べました。特に本研究では、アミノ酸の「圧縮性」に注目しました。圧縮性とは、圧力を受けたときにどれだけアミノ酸が変形しやすいかに関わる性質です。強い水圧を受ける深海では、タンパク質が圧力で変形しにくいことが重要になると考えられます。そこで、アミノ酸の圧縮性に大きな変化をもたらす遺伝子変異が、深海潜水性クジラ類で選ばれやすかったかどうかを調べました。この解析により、高水圧への適応に関わっている可能性のあるアミノ酸の位置を絞り込みました。その中で、ロドプシンの299位にあるアミノ酸が、深海潜水性クジラ類で共通してセリンからアラニンへの変異が見られる部位であることを発見しました。
 次に、このロドプシンの299位のアミノ酸の違いが外的な圧力から本当に影響を受けているのかを調べるため、分子動力学シミュレーションを行いました。分子動力学シミュレーションとは、タンパク質を構成する原子一つ一つの動きを、物理法則に基づいてコンピュータ上で再現する方法です。これにより、実験では観察しにくい分子内部の揺らぎや、圧力を受けたときの構造変化を詳しく調べることができます。今回のシミュレーションでは、深海に潜るアカボウクジラ(Ziphius cavirostris)と、比較的浅い海で生活するネズミイルカ(Phocoena phocoena)のロドプシンをモデルとして用いました。それぞれについて、自然に持っている299位のアミノ酸を別のアミノ酸に置き換えたモデルも作成しました。つまり、299位がアラニンの場合とセリンの場合を入れ替えて比較することで、299位のアミノ酸が高圧下でのロドプシンの安定性にどのような影響を与えるのかを調べました。解析では、地上に近い圧力である0.1メガパスカルと、水深約3,000メートルに相当する30メガパスカルの条件を比較しました。そして、ロドプシン全体が圧力でどれだけ揺らぎやすいかを示す圧縮率と、各アミノ酸部位の細かな動きを示す構造揺らぎ、さらに高圧下で構造安定性を保つために必要な自由エネルギーコストを計算しました。これらを組み合わせることで、299位のアミノ酸の違いが、ロドプシンの高水圧耐性にどのように関わるのかを検証しました。

 

【研究成果】
 ロドプシン配列の進化解析の結果、深海潜水性クジラ類では、ロドプシンにおいてアミノ酸の圧縮性に大きな変化をもたらす変異が、他のクジラ類に比べて多く蓄積していることが明らかになりました。これは、深海潜水に伴う強い水圧環境のもとで、ロドプシンの構造特性に関わる変化が進化的に選ばれてきた可能性を示しています。さらに、ロドプシンを構成するアミノ酸について部位ごとの解析を行った結果、ロドプシンの299位において、セリンからアラニンへの変化が、マッコウクジラ上科とアカボウクジラ科の両方で独立に生じていることが分かりました(図2)。このことから、299位のアミノ酸は、深海潜水に関連した進化の過程で繰り返し変化してきた重要な部位であるという仮説が立てられました。
 次に、この299位の違いがロドプシンの性質にどのような影響を与えるのかを調べるため、分子動力学シミュレーションを行いました。その結果、299位にアラニンを持つロドプシンは、セリンを持つ場合に比べて、高圧下での構造の揺らぎが小さく、圧縮率の変化も抑えられることが分かりました。また、高圧環境において構造を維持するために必要な自由エネルギーコストも低くなることが示されました(図3)。これらの結果は、299位のアミノ酸がロドプシンの高静水圧下での安定性を左右する重要な要因であることを示しています。特に、アラニンを持つ型は、深海潜水時に生じる圧力変化の中でも構造を保ちやすく、視覚機能を維持するうえで有利であると考えられます。
 以上のことから、深海潜水性クジラ類では、ロドプシンが薄暗い環境への適応だけでなく、高静水圧環境への適応にも関わって進化してきたことが示されました。

【今後への期待】
 本研究では、ロドプシンが高静水圧環境に適応している可能性を示しましたが、その詳細な分子機構については今後の検証が必要です。特に、ロドプシンは本来、脂質二重膜中でレチナールと結合した状態で機能するタンパク質であるため、より実際の生体環境に近い条件での解析や、実験的な検証が進むことで、今回示された知見の理解はさらに深まると期待されます。
 また、本研究は、深海に潜るクジラ類における視覚の進化を、「光」だけでなく「水圧」という物理的環境要因から捉え直す新たな視点を提示しました。これにより、これまで主に光環境への適応として理解されてきた視覚進化が、複数の環境要因の組み合わせによって形作られている可能性が示されました。今後は、他のタンパク質にも同様の視点を適用することで、深海に適応した動物の環境適応の理解がより包括的に進むことが期待されます。
 さらに、本研究で用いた「進化モデル解析と分子動力学シミュレーションを統合する手法」は、深海生物に限らず、様々な極限環境に生息する生物のタンパク質進化の解明にも応用可能です。温度、圧力、塩濃度など、多様な環境ストレスに対する分子レベルでの適応機構を明らかにするうえで、有力なアプローチとなると考えられます。
 本研究は、クジラ類の深海適応の理解を深めるだけでなく、極限環境におけるタンパク質の安定性や機能維持の一般原理の解明にもつながる可能性があります。これらの知見は、将来的には高圧環境下で機能するバイオ分子の設計など、応用研究への展開にも寄与することが期待されます。

 

【謝辞】
 本研究はJSPS科研費JP21KK0106、JP25KJ0511の助成を受けたものです。

 

論文情報
論文名 Pressure-tolerant Evolution in Rhodopsin of Deep-diving Whales(深海性クジラ類のロドプシンにおける耐圧性の進化)
著者名 竹内 颯1、早川卓志2(1北海道大学大学院環境科学院、2北海道大学大学院地球環境科学研究院)
雑誌名 Genome Biology and Evolution(ゲノム進化生物学の専門誌)
DOI 10.1093/gbe/evag068
公表日 2026年3月16日(月)(オンライン公開)

 

プレスリリースへのリンク
https://www.hokudai.ac.jp/news/2026/05/post-2289.html

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