北海道大学大学院生命科学院博士後期課程の熊谷 祐二氏,同大学大学院先端生命科学研究院の芳賀 永教授,石原 誠一郎 助教,同大学大学院医学研究院の小林 純子講師,名古屋大学大学院医学系研究科の榎本 篤教授,秋山 真志教授らの研究グループは,不均一な性質のがん細胞株から,集団で浸潤するがん細胞サブクローンと集団で浸潤しないがん細胞サブクローンをそれぞれ取り出し,それらの性質を比較することで,がん細胞が集団で浸潤する新規メカニズムを明らかにしました。
ポイント
・集団で浸潤するがん細胞の細胞-細胞間に,密閉された空間が存在することを発見。
・密閉された空間に存在するインターフェロン-bが転写調節因子STAT1を活性化させることを発見。
・STAT1が活性化したがん細胞が,がん細胞集団の浸潤を誘引することを解明。
研究成果の概要
がんは無秩序に増殖する細胞 (がん細胞) の集合体であり,現在の日本においては2人に1人ががんに罹患し,3人に1人ががんで死亡すると言われています。がんによる主要な死亡要因の一つとして,がんが全身に広がる (転移) ということが挙げられます。すでに転移してしまったがんを根治させるのは容易ではありません。したがって,最近ではがんの転移を未然に防ぐというアプローチで研究が盛んに行われています。がん転移の初期段階では,がんが発生した原発巣から周囲の正常組織へがん細胞が広がっていきます。これをがん細胞の浸潤といいます。がん細胞が浸潤する様式はいくつか知られていますが,最近になってその一つである,がん細胞集団による浸潤(集団浸潤)が転移巣の形成を強く促進させることがわかってきました。浸潤により原発巣から離れることはがん細胞にとっても危険ですが,その際に単独ではなく,集団として浸潤することで,がん細胞同士で助け合っていると考えられています。このような背景から,集団浸潤を止めることで転移を抑えることができると考えられますが,その治療標的として適切な分子は十分に明らかになっていません。
研究グループは,集団浸潤するがん細胞の細胞と細胞の間に密閉された空間が存在することを発見し,そこに存在するインターフェロン-b (IFNB) がヤヌスキナーゼ (JAK) 及び転写調節因子STAT1の活性化を介して集団浸潤を促進させることを明らかにしました (図)。また,STAT1が活性化したがん細胞は,浸潤する能力をもたないがん細胞を牽引し,一体となって集団浸潤を引き起こすことを明らかにしました。またヒト皮膚がん病理検体においても,集団浸潤を示すがん細胞集団の先頭の細胞においてSTAT1が活性化していることを明らかにしました。本研究の成果は,細胞間の構造と STAT1 を指標としたがん病理診断や集団浸潤を抑えるための新規治療法の開発に貢献することが期待されます。