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量子力学的なプロトン移動による電流生成

NIMSは,北海道大学との共同研究で,電気化学反応におけるプロトン移動が特定の条件下では,量子トンネル効果(QTE)に支配されていることを発見しました。さらに,この量子的過程は,電位によって半古典的過程に切り替わることから,電気化学的プロトン移動における量子-古典転移という現象が今回初めて観測されました。量子効果も含め,古くから議論されている電気化学反応におけるプロトン移動にQTEが大きく関わっているということが示されたことで,今後は,QTEを積極的に活用する高効率な電気化学的エネルギー変換過程に関わる基礎研究がより活発になることが期待されます。

現代の豊かな生活を支える電子機器や最先端技術の多くは、量子力学を基盤原理としています。しかし、燃料電池などエネルギーデバイスに用いられる電気化学反応における量子効果は、それらが電子とプロトンが複雑に電極表面で移動する反応過程であるため、あまり理解が進んでいません。このため、エレクトロニクスやスピントロニクスなど同じ表面・界面で起こる現象が鍵となる分野と比較して、電気化学的エネルギー変換では量子効果を十分活用しきれていないのが現状です。もし、電気化学反応に量子効果が積極的に関係しているのであれば、QTEなどを利用した高効率なエネルギー変換機構や、それを基盤とするデバイスを設計できる可能性があります。

今回、NIMSを中心とする研究チームは、電気を生成する装置である燃料電池の鍵である酸素還元反応(ORR)の反応機構を、通常の水素と質量の異なる重水素を用いて解析しました。その結果、反応の活性化の鍵を握る過電圧の小さな領域では、特定の条件においてプロトンが QTE によって活性化障壁を透過することで反応を進行させ、電流を生成していることが確認されました。また、過電圧を大きくすると、半古典的理論に従ってプロトンが活性化障壁を越えて移動する反応径路に転移することがわかりました。このことから、電気化学反応における量子-古典転移現象という新しい物理過程を発見しました。

本研究により、基本的なエネルギー変換過程におけるプロトン移動に、QTEが寄与していることが示されました。このことにより、いまだ十分理解されていない電気化学反応の微視的機構を、本研究を足がかりに明らかにすることと併せ、従来の古典的な制約条件に縛られずに、量子力学を指導原理とする高効率な電気化学的エネルギー変換を可能とする技術が開拓されることが期待されます。

本研究は、NIMSエネルギー・環境材料研究拠点の坂牛健 主任研究員と、リャーリン アンドレイ特別研究員、北海道大学大学院理学研究院・創成研究機構化学反応創成研究拠点の武次徹也 教授らによって行われました。また、本研究は JSPS 科学研究費助成事業若手研究(B)(17K14546)および基盤研究(C)(15K05387)、文部科学省「ナノテクノロジーを活用した環境技術開発プログラム」および国際科学技術財団研究助成の支援を受けました。

本研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Letters誌に2018年12月07日に掲載されました。

 

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