研究内容
世界一長い炭素-炭素単結合
炭素-炭素単結合は1.54 Åという標準的な結合長を持ちます。しかし、嵩高い原子団(置換基)を持つ場合には、置換基同士の反発のため、結合長が1.6 Åほどまで伸長することが知られています。一般には、伸びた結合は結合力が小さく容易に切断されるため不安定で、すぐに別の物質へと変化してしまいますが、当研究室では長年の研究成果をもとに精密な分子設計を行い、世界で一番長い炭素-炭素単結合として、1.8 Åを超える結合の存在を実験的に証明しました。こんなオリンピックのような研究は、単に記録を更新することが目的ではなく、究極の状態を調べることによって共有結合性の本質を解明したり、表示機能などへの応用も期待されているものです。
呼べば答える応答性分子: 多重出入力による高機能化
光照射や加熱のみで化学反応が進行する有機化合物について、その生成物が別の照射/温度条件下で元の物質を100%再生する場合には、「応答性分子」となります。当研究室では、電位の変化を刺激とし、酸化還元反応で二つの状態を相互変換しながら色調の変化する「エレクトロクロミズム系」に関する研究を続けています。これは将来、「単一分子メモリ」へと発展可能なものです。また、電場以外の複数の外部刺激でも応答が可能なもの(多重入力型)、色調変化以外の複数のスペクトル出力が可能なもの(多重出力型)は、並列処理の行える「分子演算子」としての基本能力を持ち、未来の分子コンピュータ創成に貢献するものです。
安定な開殻種を与える新規な窒素複素環化合物
不対電子を持つ化学種はラジカルと呼ばれ、「radical(過激、急進的)」の語が示すように一般に反応性の非常に高い短寿命活性種です。不対電子がヘテロ原子やπ共役系に「非局在化」したものは、種々のスペクトル的手法で観測できるほど十分長い寿命を持ち、閉殻種(通常の分子)とは異なる特異な物性を示すことから材料化学分野での注目を集めています。当研究室では、これまで合成例のなかった新規な縮環型窒素複素環化合物を題材として、安定なイオンラジカルや中性ラジカルの研究を行っています。有機化合物は置換基の導入の自由度が高いため、物性のfine-tuningが可能であるという特徴があります。
液相/固相で異なる刺激に応答する多重クロミック分子
上述の「エレクトロクロミズム」は溶液中で観測される場合がほとんどです。一方、固体状態で観測可能な「メカノクロミズム」が近年注目を集めています。このメカノクロミック特性をもつ分子では、磨り潰しといった機械的刺激によって色調、あるいは発光色が変化します。当研究室では、テトラアリールアントラキノジメタン酸化還元系を新たに構築し、同じ分子でありながら、溶液中では折れ曲がり型とねじれ型の2つの形が関与するエレクトロクロミズム、そして、固体状態では機械刺激応答で発光特性の変化するメカノフルオロクロミズムという二役を担う分子を開発し白色発光(可視領域のほぼ全域で発光)が観測される物質も得られています。
光/熱で酸化特性の完全制御が可能な分子スイッチ
炭素=炭素二重結合は平面構造をとることが知られている一方、大きな置換基が複数置換した『超混雑エチレン類』では、折れ曲がり構造やねじれ構造といった、通常とは異なる構造をとることが報告されています。折れ曲がり構造にはsyn型とanti型が存在し、これらの構造間で相互変換を示す応答性分子は「分子機械」をとなる骨格とみなされます。光や熱による構造スイッチングに対して、私たちの研究室で培ってきた酸化還元応答性分子に関する知見により、二つのジベンゾシクロヘプタトリエン骨格を有するアントラキノジメタンを設計し、分子の一方のみが酸化還元反応をするという光/熱による完全な選択的酸化を世界で初めて実現しました。
加熱/冷却で酸化特性スイッチングが可能な分子
前述のように、『超混雑エチレン類』では、折れ曲がり構造やねじれ構造をとることが知られています。これまでの報告例では、折れ曲がり構造が安定形であることが多く、ねじれ構造を発現させるには、特定の構造を複数連結することが必要でした。本研究室では、従来とは異なるアプローチでテトラアリールアントラキノジメタンにねじれ構造を発現させ、結晶中では折れ曲がり構造である一方、室温溶液中では一部がねじれ構造する分子を開発しました。それによって実現された、加熱/冷却による酸化特性スイッチングは、熱平衡による酸化特性制御の初めての例です。このねじれ構造は開殻のジラジカルであるため、磁性応答材料の開発も期待されています。
テレフタルアミドを基盤とするキラル化学
画家とよばれる人が描きたい絵を描くように、分子の形を自由に思い描き、それをつくることができたら楽しい。形が変われば性質も変わるからおもしろい。様々な形の中には、ある形とそれを鏡に映した形を重ね合わせることができない場合があります。この右手と左手の関係は、自然界に広く存在しますが、基本原理はたった三つの種類(中心性・軸性・面性)ともう一つ(らせん性)に分類されます。当研究室では、これまでに知られていない、あるいは実現されていない右手と左手の関係にある分子を、テレフタルアミドとよばれる骨格を利用して、独自に設計し、実際につくっています[プロペラ・8の字・他]。そこで起きる様々な現象を観測しています。
研究室の特徴
独自の分子設計で未知の現象を創造する構造有機化学は、近未来の機能性有機化合物創製のためのThink Tankとしての役を担う、魅力ある研究分野である。分子エレクトロニクスを目指した酸化還元応答性分子や動的・非動的キラル分子を創出し、その機能を解明する。