科学者はオリジナリティが一番重要!北大理学部で出会った本が僕をノーベル賞に導いた
僕は北大理学部の化学科で研究生活をスタートしました。学部、修士課程、博士課程、助手と7年間も理学部本館で生活しました。当時と同じ建物で非常に懐かしいですね。 旧制中学(現在の高校に相当)の時は数学科に行くつもりでした。ところが、北大で巡り合った2冊の教科書が化学者へ導きました。
1つ目はルイス・フィーザー博士が書いた「テキストブック・オブ・オーガニック・ケミストリー」です。この本で「化学は面白いなあ」と実感し、北大理学部化学科に進み有機化学の道に入ったのです。
化学者生活で一番嬉しかった思い出は、北大理学部の大学院生の頃の事件です。当時の先生が、実験結果が出ないうちに僕の名前で日本化学会の研究発表に申し込んだのです。そのため、発表できるように何日も徹夜で実験を続けました。もう残り日数がない3月になっても実験はうまくいきません。「もうダメだ。学会発表はムリだ」と意気消沈して実験室から出た冬の明け方、試験管で何かがパッと固まったのです。そこで理学部まで走って戻り、その物質の融点を測ったらデータブックの値とピタリと一致!学会発表ギリギリで実験が成功したのです。いやあ、嬉しかったねえ。
もう1つの本は、大学院の時に書店で出会った「ハイドロボレーション」という教科書でした。ヒドロホウ素化反応と訳されるハイドロボレーションは、その本の著者であるハーバート・ブラウン博士が発見したのでブラウン反応とも呼ばれています。この本を読んで面白い反応だなぁと思ったのです。
そこで著者のブラウン先生に手紙を書きました。今のように電子メールで瞬時に送信ではなく、ペンを使って英語で書いて送ったわけ。手紙をやり取りするようになり、「そんなに興味があるならパデュー大学で研究しないか」と呼びよせてくれました。この本が僕をアメリカ留学に導き、のちにノーベル賞となる研究に進めてくれました。実はノーベル賞研究成果を鈴木カップリングと名付けたのもブラウン博士なのです。「鈴木君、鈴木反応という題で本を書きなさい。反応の名前は長いとダメなんだ」って言ってね。でもこの短い反応名のおかげで僕の研究を世界中の化学者が議論してくれるようになった。そして僕のオリジナル研究と認めてくれたのです。
若い皆さんには、ぜひオリジナリティある独創的な研究をしてほしい。本当の新しさとは何かと考えてぜひ基礎科学に進んでください。そのためには、大学で出会う本と先生、そして仲間は本当に大切です。
僕自身が北大理学部で出会った本が、先生にそしてノーベル賞となる研究に導いてくれました。世界中で自分の研究成果が使われる醍醐味をみなさんにもぜひ体験して欲しいですね。
鈴木 章(すずき・あきら)博士略歴
1930年むかわ町生まれ。北海道大学理学部化学科を卒業後、北大大学院理学研究科化学専攻を修了し、北大理学部助手を経て北大工学部助教授、1963年から米国パデュー大に留学し、ホウ素研究の第一人者であるブラウン教授に師事、1973年から1994年まで北大工学部教授、現在は北海道大学ユニバーシティプロフェッサー、名誉教授。ホウ素を用いて有機化合物を合成する化学反応「鈴木カップリング」を開発し、幅広い分野に画期的な進歩をもたらし、2010年ノーベル化学賞を受賞。