炭素―炭素結合の長さ世界一に成功!教科書を塗り替える研究をしよう
鈴木 孝紀 教授 SUZUKI Takanori/有機化学第一研究室
石垣 侑祐 助教 ISHIGAKI Yusuke/有機化学第一研究室
基礎研究の目標はいかに見たことのないものを見つけるか
【鈴木】常識を打ち破ってブレイクスルーしないと社会問題は解決しないでしょう。その点、高校で学んだ化学のイメージから見ると大学の化学は広範囲で、常識を超えることに邁進していると言えます。
【石垣】有機化合物は炭素や水素、酸素、窒素といった原子で構成され、これらの原子同士が互いに結合することで有機分子をつくります。この「化学結合」は物質を形作るための骨格となるもので、中でも炭素―炭素結合は有機化合物の基礎であることから、化学の本質的な解明の鍵なのです。私たちの専門である構造有機化学は、この結合を自在に組み合わせることで今まで合成されたことがないまったく新しい分子構造を設計し、これまで知られていない現象を創る分野です。世界的に見て日本はこの分野ではかなり強く、太陽電池や有機ゲルといった機能性有機化合物やデバイス開発につながっています。
【鈴木】ただ、このような基礎研究が実際に社会に役立つものに繋がるには20年くらいかかります。
【石垣】構造有機化学の分野の研究対象で、みなさんがよく知っているものにフラーレンがあります。ノーベル賞を受賞したフラーレンの何が新しかったと言うと、それまで炭素だけでできている分子と言えばダイヤモンや黒鉛のように塊やシート状のものしかなかったのに、三次元構造でつながっている状態のものがつくられたことです。最初は構造が面白いって思われていただけなのですが、簡単につくれるようになり、薬やデバイスに使えそうだって気がつくのはフラーレンの研究が始まってからずっと後のことなんです。有機ELも基礎研究から20年ぐらい後に製品化されました。
【鈴木】基礎研究の多くは最初から製品化や応用を目標にしておらず、今までになかったものをつくり、見たこともない現象を解明するところまでで、応用研究の人たちがその先に面白い性質を見つけて製品に応用してくれます。
炭素―炭素結合の魅力
【石垣】炭素と炭素の結合には単結合、二重結合、三重結合があります。今、構造有機化学の分野では、結合、あるいは分子構造全体を「歪ませる、伸ばす、曲げる」といった状態にして、新しい特性を出すという研究が盛んです。通常の構造だと計算で特性がある程度予測できるのですが、歪ませただけで予測し得なかった新しい特性が見られます。カーボンナノチューブやフラーレンのように環状や球状になることで新しい特性が出たことと同じですね。
【鈴木】計算化学が進んでも、理論上の限界を超えることがあって、石垣君たちが成功した「世界一長い炭素―炭素結合」もそのひとつ。有機化学者の中には自分たちの経験値や知識で設計しなくても、もうAIがデザインしてパソコンがシミュレートしてくれるようになると思ってる人もいますが、実験してみないとわからないことがまだまだあるってことがわかったんです。計算上はひとつの物質でも、結合を部分的に長くしたり、歪ませたりすると特性が変わり、大きな未知の現象が見つかる可能性があるのが構造有機化学の面白いところです。
安定と不安定に揺れる分子をコントロールする
【石垣】大きな置換基(原子団)が周りにあることで、中央の炭素原子同士は近くにいたくないので離れようとするのですが、離れたら離れたで不安定になるので、付かず離れずの絶妙のバランスの距離を取ります。これにより、通常のバランスとは違う安定化を図ろうとして、部分的に結合が長くなり歪む現象などが見られるようになります。この推測は計算で求めるにはまだ困難な部分があります。
【鈴木】こうやってできた分子の結合の強さや伸縮度合いを測るときに、引っ張ってみたいけれど、手に持てる大きさではないので、ポリマーに入れて伸縮性や切れてしまう力の大きさを測ってみるということをやる予定です。また、伸びると色や発光が変わるようにするといった実験も考えています。
【石垣】歪む、結合が長いという現象がわかったら、次はその安定性や結合の伸長性を確認するために、酸素などの分子に触れた時の反応、温度などで変化するか測定していきます。私たちの創った長い炭素―炭素結合をもつ物質は、酸素や温度変化の影響を受けず非常に安定して歪んだままでいることがわかっています。一方、ごく最近には光により構造を変化させることで長い結合の収縮を引き起こし、加熱によって元の長い結合に戻るという実験に成功しました。これは、剛直であると考えられてきた結合の「柔軟性」を実証した初めての例といえます。
壮大な夢、単一分子メモリー
【鈴木】これからの「夢のある研究」の1つは、単一分子メモリーです。社会のIT化が進むにしたがって膨満する情報をどのように記録するのかを考えたとき、記録媒体のミクロ化、ナノ化が必要になります。最終的には記録の最小単位となる1ビット(0/1)をどれだけ小さくできるかという問題になります。その答えの1つが、「分子1個を1ビット」とすることであると考えています。酸化還元(電子の授受)を基本とする研究アプローチによって、私たちが設計・合成した化合物は、世界で最も単一分子メモリー開発に適したものです。その実現には、私たちが行っている分子そのものの研究ばかりでなく、その周辺分野の研究の進展も必要ですが、数十年後には実用化されていると期待しています。
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【鈴木】大学で何を学ぶか、どのように学ぶか、については、基礎をしっかり理解するまで勉強すること、自分の専門分野ばかりでなくその周辺分野にも興味を広げておくことが大切だと痛感しています。北大理学部化学科のカリキュラムは、まさにそれが実現できるように作られています。
自分がいま変えた非常識が未来の常識になる。いつか社会の大きな進歩につながるような基礎を理学部でやってほしい。社会に出たら成果を求められるから、できるかできないかわからないドキドキのチャレンジを楽しめるのは学生時代の特権でしょう。そうして役に立つかわからない研究の貯金が、教科書を塗り替える発見に繋がります。