がんの抑制を化えたい

一つひとつのタンパク質の生体内での役割を追いかける

鎌田 瑠泉 准教授 KAMATA Rui/生物化学研究室

最初から悪者だったわけではない酵素

タンパク質は筋肉や臓器など体をかたち作る主要成分であり、ホルモンや酵素、抗体など体の機能を制御する要素でもあります。私は、その中でも様々なタンパク質がどのような制御を受けながら体を維持し、生体を守っているのかを調べています。具体的にはがんと免疫に関係しているタンパク質にターゲットをしぼり研究しています。

その過剰な活性化ががんの原因になっていると言われている「PPM1Dホスファターゼ」というタンパク質(酵素)があります。PPM1Dは、当初がん抑制タンパク質p53によって発現が誘導されるタンパク質として同定されました。このタンパク質ががん化にどのように作用しているのか、多くの研究者が研究していますが、私はこのタンパク質が正常な時には何をしているのかをテーマとして、免疫応答の初期段階にはたらく自然免疫におけるPPM1Dの機能を調べています。私たちの体の中では、たくさんの種類の免疫細胞が働き、病原体やがんなどから生体を守っています。私たちは、免疫細胞の中でも、これまであまり注目されていなかった好中球に着目した研究を進めています。

まず、好中球に分化するモデル細胞を使い、PPM1Dを抑えたり、活性化させたりして好中球の機能がどう変わるかを調べています。細胞の中のPPM1Dの機能を解析するため、私たちは遺伝子導入などの手法を用いるだけでなく、小分子化合物を使ったタンパク質の機能調節も用いています。同じ生物化学研究室の坂口先生が有機化学第二研究室の谷野先生との共同研究で開発したPPM1Dの阻害剤を使って、今ではとてもスピーディに実験を進めることができています。これは化学科で研究を進める大きな強みであると思います。

高校生や大学生に驚かれる「ここは本当に化学科ですか?」

理学部化学科の研究室ですが、実験は薬学部で行っているような手法なので、研究室を初めて見学に来る学生さん達に驚かれます。成果発表する学会もバイオ系です。ですが、着目しているのは体の中で起きている「化学反応」です。タンパク質がどのような化学反応を進めているのか、どんな時に機能や化学反応が抑えられているのかを化学の視点から、分子レベルで調べています。

例えば、ある病気に効く化合物があったとして、なぜ効くのか分子レベルで納得したいというのが化学の視点だと思います。また、細胞が生きた状態のままタンパク質の一つひとつの機能や反応を観察できるのも、分子レベルで調整できる化合物を生み出せる化学の力です。生物は広大な化学反応の宇宙のようなもの、その機能を一つひとつ化学の視点で紐解いていくことは私にとってとても挑戦し甲斐のある研究です。

好きな研究を続けたい一心で進んだ研究者への道

研究室に分属する前に、化学科の学生実験では様々な分野の実験を行います。生物化学の学生実験で、DNA組換えをおこなったり、タンパク質を精製したりする実験を行う機会がありました。ある日、ジャガイモからホスファターゼという酵素を取り出して機能を調べる実験があり、身近な生物に面白いことがたくさんあることを知り、生物を化学の視点で見ることに興味が湧くようになりました。それからずっと探究心は変わらず、学部生から博士号を取得するまで、今の研究室で研究を進めていました。その後、生体内のタンパク質・化学反応を検出する化合物のデザイン・合成について学ぼうと、京都大学大学院工学研究科の浜地先生の研究室へポスドクとして異動し、がんを光らせるプロープをつくる研究を1年ほどしました。その後、アメリカのNIH(アメリカ国立衛生研究所)に留学し、自然免疫についての研究を開始しました。

学生の頃から将来のことはあまり考えずにとにかく好きな研究に打ち込んでいた結果、2014年に古巣である北大に助教として戻ってくることができました。

私たちの研究室のメンバーは男女半々ぐらいで、研究室トップの坂口先生は「アメリカみたいに男女関係なく、優秀な人はどんどん研究者になったらいい」と女性にも研究者となること、アカデミックに進むことを積極的に勧めています。私もアメリカに留学して研究職に女性が多いことに驚きました。まだ、日本では女性研究者は少ないのですが、大学全体の状況はずいぶん良くなっていると思います。

Message

細胞の中で起こっていることは化学的にはまだ全然わかっていません。タンパク質一つひとつが生命現象の何に関わっているのかということは少しずつわかってきましたが、全体の関連性や機能などは未知の世界で、調べ甲斐があるテーマがたくさんあります。

生物を探究するには化学や物理の知識が重要です。生物好きの人も化学を学んでおくと将来とても役に立つと思います。細胞の中ではいろんな因子が複雑に関わっているので、それらを解析するには数学的な考えも必要です。私たちも時々数学の先生に数学を教えてもらったり、一緒に研究したりすることもあります。生物が好きだから生物だけ勉強するのではなく、ぜひさまざまな分野に興味を持って勉強し、化学科に来て欲しいと思います。