化学がつなぐ研究連携の面白さ
谷野 圭持 教授 TANINO Keiji/有機化学第二研究室
坂口 和靖 教授 SAKAGUCHI Kazuyasu/生物化学研究室
細胞の中を化学反応で解明するその先へ
【坂口】細胞の中では膨大な数の化学反応の連鎖が起きています。それらの化学反応をすべて解明して、人の手で集積したら生命現象が再現できるでしょうか?生物化学の根源的テーマです。すべてはまだ難しくても着実に生命現象を化学の視点から解明していけば、生命の謎解き、病気のメカニズム解明、新しい治療法の開発に貢献できると考えています。
私たちの研究の具体的なターゲットは「がん」にならないために最も重要といっても過言ではない「がん抑制タンパク質」とがんを起こしてしまう「がん遺伝子産物」です。それらにはどんな構造と機能があってがんをコントロールしているのかを研究した結果、発がんのメカニズムが見えてきました。最近特に注目しているPPM1Dホスファターゼというタンパク質は酵素で、がんに関連しているだけでなく、免疫系や脂肪細胞でも働いているということがわかってきました。1つの酵素の発見から派生していろいろな研究がつながっています。谷野先生の研究とつながったきっかけもそうでした。
【坂口】谷野先生の研究室がお持ちの化合物群から目指す抗がん剤に近いものが見つかり、これを候補としてスウェーデンのカロリンスカ研究所と共同で研究が進んでいます。小児がんである神経芽腫などに効果が見られることがわかっています。
このように、化学科の中でも生体に存在している物質や化学反応を研究しているので、卒業後は製薬会社に就職する割合が多いんです。谷野先生の研究室もそうですよね。
【谷野】そうですね、理学部ではありますが、創薬分野はとても近く感じますね。私の研究室は有機合成化学がテーマで、化学科がある大学ではメジャーな分野ですが、構造が複雑で合成しにくい分子を扱っているのが特徴です。目的の化合物にたどり着くまで何段階もの反応を重ねることを「多段階合成」と言い、私たちはこれを強みとしています。有機反応にはいろんな引き出しがあり、知識も経験も十分に重ねないと難しい分子は作れません。うちの学生さんなら、「あーしてこーして、ダメならこの手で」と10や20段階の合成法を考え出せることが自慢です。そんな能力を生かせる先として、製薬会社、農薬や新物質の開発の道を選ぶ卒業生がやはり多いですね。
【谷野】さきほどの坂口先生との共同研究で、酵素の阻害剤となりうる化合物がうちの研究室で生み出されました。それは阻害剤を目指していたわけではなく、それまでに合成していた多様な化合物のうち、100個ほどを坂口先生たちに調べてもらったところ、その中に酵素に影響するものがあったのです。最初に見つかったものは合成が大変で、30工程ぐらいかかっていました。そこで、分子の構造を少しずつ変えたものを何種類も合成して比較し、最後には10工程ぐらいで得られる高活性化合物を見つけたのが、私たちの大きな成果です。
先端的研究がつながって大きく飛躍する
【坂口】谷野先生とはがん関連の研究以外にも化学科の武次先生が拠点長である「フォトエキサイトニクス研究拠点」という北大の学部を超え横断的に研究室が参加しているプロジェクトでも連携しています。フォトとは光のこと、エキサイトニクスとは励起状態のことで、物質が励起状態から落ちるときに光る現象を理論的に解明しつつ、応用につなげるプロジェクトです。
【谷野】実は、難しい化合物をつくっているときに、学生の手違いから予想外の何かができてしまいました。目的とは違うものだったのですが、5工程ぐらいでできてしまうその化合物が光ることに気づいたのです。光る物質で細胞を観察する方法があることは知っていましたから、共同研究してきた坂口先生に気軽に相談しました。使ってみると、細胞に混ぜただけで中にサーっと入ってゆき、細胞核を除く細胞質が強く光ることが分かり、びっくりしました。
【坂口】この化合物のいいところは、必要なときに染めて観察ができ、しばらくするとスーッと細胞からいなくなり抜けが良いところです。蛍光タンパク質にはない優れた特徴をもっていて使い勝手が良く、谷野先生のところで特許を取り商品化されています。
【坂口】もうひとつ大きな利点は、この化合物にいろんなものをくっつけて色を変えることができることです。細胞の中で性質の違いを色分けできるようになり、通常の状態から異変が起きると、そのことに反応して光る場所が変わるといったことが観察できます。この画像をAIに覚えさせて解析に使えば、がん細胞の変化を詳細に捉えることができるようになると考えています。このプロジェクトにはインフォマティクスやAI解析の研究者もいらっしゃいますから、さらにつながって大きな研究成果となって社会貢献に寄与できるでしょう。
さまざまな分野の第一線で研究をしている研究者が近くにいて、フランクに相談ができるのは総合大学でありオープンな雰囲気がある北大、特にその中でも化学科の素晴らしいところだと思います。
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【谷野】基礎は、応用に比べて簡単なことをやっていると勘違する人がいますが、あらゆる応用の土台にありつつも、常に探究すべき最先端にある分野です。基礎がしっかりしている方が、就職後にどんな変化があっても対応でき、分野を融合した開発に携わることもできます。私は、学生のみなさんにはどんどん挑戦的な野望を持って、新しいサイエンスを見つけてほしいと願っています。化学科は、電子から生命まで幅広い対象をカバーし、あらゆる分野と融合できる研究が詰まっています。
【坂口】そうですね。基礎というのは「Fundamental」すなわち「forming the base, from which everything else develops」ですよね。北大は総合理系で入学して2年に上がるときに学科・コースを決めなきゃいけないのですが、化学科はさまざまな分野につながる学びや研究が集まっているので、学科に入ってからでも自分がしっくりくる分野を探すことができます。生物・生命に興味がある人も、環境問題に興味がある人も、それぞれ対応する先生がいますし、実験で手を動かしてみたけれど合わないなと思ってコンピューターで研究するほうを選ぶとか、人に教えることが好きな人には高校の先生になる道もある。さらに、基礎「Fundamental」がわかっているので企業などでもどこに行っても応用が効きます。可能性を広く持っていたいという人にはうってつけの学科じゃないでしょうか。