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光異性化のファントム状態”を暴く最先端のフェムト秒分光と量子化学計算で化学反応の謎に決着

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター超高速分子計測研究チームの倉持光研究員(研究当時、現理研開拓研究本部田原分子分光研究室客員研究員)、開拓研究本部田原分子分光研究室の田原太平主任研究員(理研光量子工学研究センター超高速分子計測研究チームチームリーダー)、北海道大学大学院理学研究院量子化学研究室の堤拓朗アンビシャス特別助教(研究当時)、武次徹也教授らの共同研究グループは、光化学の分野で半世紀にわたって謎であった、光異性化の“ファントム状態”を観測し、その構造を明らかにすることに成功しました。

本研究成果は、分子の遷移状態での構造の解明や、それによって得られる反応経路の理解を通じて、化学反応の制御・効率化に貢献すると期待されます。

化学反応では化学結合の開裂や生成に伴って分子の構造が変化し、新しい物質が生まれます。分子が光を吸収して二重結合が回転する“シスートランス光異性化反応[1]”では、二重結合周りの回転が起きる途中に、一瞬だけ二重結合が切れて垂直構造をとる状態が現れると予想されてきました。しかし、その存在の有無は長い間謎で、「ファントム状態(幽霊状態)」と呼ばれていました。

今回、共同研究グループは、光異性化を起こす最も典型的な分子であるスチルベン[2]の誘導体に着目し、理研で開発したフェムト秒(フェムト秒は1,000兆分の1秒)で進む分子の構造変化を追跡できる紫外共鳴フェムト秒誘導ラマン分光法[3]を用いてこのファントム状態を観測することに成功し、最先端の量子化学計算[4]と組み合わせることでその存在と構造を確定しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Chemistry』オンライン版(1月5日付:日本時間1月5日)に掲載されました。

論文情報
<タイトル> Ultrafast Raman Observation of the Perpendicular Intermediate Phantom State of Stilbene Photoisomerization
<著者名> Hikaru Kuramochi, Takuro Tsutsumi, Kenichiro Saita, Zhengrong Wei, Masahisa Osawa, Pardeep Kumar, Li Liu, Satoshi Takeuchi, Tetsuya Taketsugu, Tahei Tahara
<雑誌> Nature Chemistry
<DOI> 10.1038/s41557-023-01397-6

プレスリリースはこちらをご覧下さい。

補足説明
[1] シスートランス光異性化反応 二重結合を有する化合物には、二つの置換基が同じ側にあるシス体と、異なる側にあるトランス体があり、シス体とトランス体は互いに構造異性体である。光を照射することによって起こる、シス体からトランス体またはその逆の変換(異性化)をシスートランス光異性化反応という。
[2] スチルベン 中央に炭素原子間の二重結合を持ち、それぞれの炭素原子に水素原子とフェニル基が一つずつ結合した構造を持つ化合物。フェニル基はベンゼンから水素1原子を除いた残基が置換基になったもの。二重結合に対してフェニル基が同じ側にある配置をシス型、反対側にある配置をトランス型と呼ぶ。スチルベンに紫外光を照射すると、シス型からトランス型へ、またトランス型からシス型へというように、両方向に異性化反応が起こることが知られている。
[3] 共鳴フェムト秒誘導ラマン分光法 ピコ秒光パルスとフェムト秒光パルスの二つの光パルスを同時に分子に照射して、フェムト秒光パルスで反応を開始させた後の任意のタイミングでラマン効果を強制的にスタートさせ、分子の振動(ラマン)スペクトルの変化をフェムト秒の時間分解能で刻一刻と追跡する方法。理研で開発した紫外共鳴フェムト秒誘導ラマン分光装置は紫外光を吸収する反応中間体の超高速変化を選択的に観測することができる。
[4] 量子化学計算、第一原理分子動力学計算 量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を分子に適用し、そのエネルギーや構造、反応性などを電子状態から解析する手法を量子化学計算という。また、この量子化学計算を用いて、化学反応の途中でどのように分子の構造が刻一刻と変化するのかを計算する手法を第一原理分子動力学計算という。