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匂いを感じられないゴキブリ? ゴキブリ匂いを感じる仕組みを解明し、匂いを感じられないゴキブリを作成

福岡大学大学院理学研究科の立石康介さん(2021年度博士課程卒業)と福岡大学理学部地球圏科学科の渡邉英博助教を中心とする、福岡大学、北海道大学(理学研究院 生物科学部門 水波誠教授、電子科学研究所 西野浩史助教)、総合研究大学院大学の共同研究チームは、衛生害虫であるワモンゴキブリの匂い受容機構を解明し、匂い受容の核となる匂い受容体の発現を分子生物学的手法により操作することで、匂いを感じられないゴキブリを作成しました。 この研究成果は、2022年4月20日に科学雑誌『iScience』オンライン版に掲載されました。

衛生害虫であり、不快害虫であるワモンゴキブリは匂いに対して鋭敏な行動を示します。しかしながら、ワモンゴキブリがどのように外界の匂い分子を受容しているかはわかっていませんでした。2004年度にノーベル賞を受賞した、Axel博士とBuck博士の研究により、動物は嗅感覚細胞上に分布する多様な匂い受容体により、匂い分子を受容することわかっています。昆虫では主に、OR(Odorant Receptor)型と IR(Ionotropic Receptor)型の二種類のグループの匂い受容体があり、特に、OR型の匂い受容体は匂い分子と結合する多様な匂い受容体(Odorant Receptor X:OR-X)とその共受容体(Odorant Receptor co-receptor: ORco)の複合体によって外界の匂い分子を受容していることが知られています。OR-X タンパクは各昆虫種で多様に存在し、多様な匂い分子の受容を可能にしますが、それと複合体を形成するORcoタンパクは各昆虫種で1種類しか存在しません(図1)。そのため、理論的にはこのORcoタンパクを壊すことにより、OR型受容体を介した幅広い匂い受容を阻害することができるのです。

福岡大学地球圏科学科の渡邉英博助教を中心とする、福岡大学、北海道大学、総合研究大学院大学の共同研究チームは、ワモンゴキブリのゲノム情報から、ORco遺伝子を探し当て、その遺伝子の発現をRNA干渉法という技術を用いて阻害することで、OR型受容体を介した匂い受容ができなくなるゴキブリを作成しました(図1)。この、OR型受容体の発現阻害をおこなったゴキブリを用いて、嗅感覚細胞の神経応答を記録すると、ORcoの発現阻害個体ではアルコールやテルペン、エステルといった匂い物質や、ゴキブリの繁殖行動に必要な性フェロモンを感じることができなくなっていることがわかりました。実際に、ORcoの発現阻害個体ではゴキブリの性行動の活性も大きく低下しました。

今回の研究で、世界で初めてゴキブリの匂いを感じる仕組みが明らかになりました。この、匂いを感じる仕組みを利用することにより、より効果的なゴキブリ誘引剤の開発や、ゴキブリの匂いを感じる能力を模したセンサーの開発につながると考えています。また、特定の遺伝子の発現機構を標的にする RNA 干渉法はゴキブリで非常に有効であることも明らかになりました。今までの殺虫剤や粘着トラップを用いたゴキブリの駆除方法はゴキブリ以外の昆虫にも有害であり、場合によっては環境負荷が高くなります。今回の研究は害虫となるゴキブリのみを標的とした、新たな駆除手段を生み出す手がかりともなることでしょう。

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