柁原 宏教授/KAJIHARA, Hiroshi
生命誕生の場である海洋には現在認められている約35の動物門のほぼ全てが存在します。水産資源として有用なグループも多く含まれますが、どのような動物がどのような海域に分布しており、それらを何と言う名で呼び、どのようにグルーピングするべきか、といった基本的な情報は、多くの分類群で未だに明らかになっていません。また、多様性生物学の研究成果は最終的には環境問題に関する民意の形成や行政・政治的判断が下される際の材料として生かされるべきですが、研究現場と政策決定の間には大きなギャップがあります。このギャップを埋めるシステムの構築は分類学者が将来取り組むべき課題の1つです。
自然科学における研究の原動力は発見の喜びです。動物分類学を実践していて味わうことができる発見の喜びを列挙してみると―野外で目的とする動物を見つけたとき、その動物の思わぬ行動・生態・形態を観察できたとき、発見した動物が未記載種(新種)であることが分かったとき、新たな高次分類群を見出したとき、などなどです。海産無脊椎動物は研究が進んでいないグループが多いため、上に挙げた喜びを味わえる分類群が沢山あります。また、分類学の研究成果を有効に社会還元する方途には大いなる研究・開発の余地が残されています。多くの若者に分類学研究を志して欲しいと願っています。
参考文献
- 進化がもたらした多様性の認識―分類学の挑戦 In :石川統・斎藤成也・佐藤矩行・長谷川眞理子(編)マクロ進化と全生物の系統分類.シリーズ進化学 第1巻.岩波書店, 222pp. (2004)
- 海産無脊椎動物分類学の現場―その現状、問題、取り組み. 日本動物分類学会誌 18: 1-2. (2005)
- 日本分類学会連合による日本産生物種数調査. 生物科学 55 (2): 71-78. (2004)
- 種を記載する―生物学者のための実際的な分類手順. ジュディス・E・ウィンストン [著],馬渡峻輔・柁原宏 [訳],新井書院,653pp. (2008)
証拠標本
研究に用いた学術標本のことです。新学名を設立した学術論文中で扱われた実際の標本そのものをタイプ標本と呼びます。タイプ標本は大学・博物館などの研究機関に恒久的に供託され、世界中の研究者からの依頼に応じて貸し出されます。(柁原宏)
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体系化
認識されたタクソンを入れ子式の階層として整理する行為であり、分類学的行為の結果の1つです。体系化の方法論にはさまざまな立場・主張があり、命名法の改善・改訂の動きと並行して現在でも研究者間で活発な議論が続いています。(柁原宏)
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体系学
分類学・系統学・進化学・生物地理学などの諸学を包含する学問分野です。(柁原宏)
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分類
自然には秩序があります。その自然の中に生きている生き物を自然の秩序にしたがって整理、理解することが分類です。
生物に名前をつけ、体系にもとづき整理します。生物の分類、分類体系の構築には、生物学のあらゆる知識を利用します。分類学は、決して古いものではなく、常に新しいのです。(小亀一弘)
生物のグループを認識し、他のグループから区別することであり、ここから分類学的研究が出発します。認識・区別された生物のグループをタクソン(複数形はタクサ)と呼びます。(柁原宏)
分類により認識されたグループは研究の進展に伴い範囲等が変わることがあります。例えば二種だと思われていたものが単一種の種内変異であると結論された場合、同一種だと思われていた個体集団に複数種含まれることが明らかになった場合などが挙げられます。その点において、学名も仮説であると言えます。(角井敬知)
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命名
認識されたタクソンに名称を与えることであり、分類学の営みの一部です。与えられたタクソンの名称を学名と呼びます。学名を運用するルールには『国際動物命名規約』、『国際植物命名規約』などがありますが、全く新たな生物命名法を模索している研究者も存在します。(柁原宏)
種の学名である種名は、担名タイプという一個体ないしは少数の標本に担われています。世界共通の参照基準である担名タイプは、将来的な再観察の可能性を担保するために、然るべき場所にて保管・維持されるよう勧告されています。然るべき場所として重要なものの一つに博物館が挙げられます。(角井敬知)
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