綿引 雅昭准教授/WATAHIKI, Masaaki
植物は静物といわれるように動かない生き物の代表と考えられていますが,それは私達の時間感覚では感じられないだけで、記録映像を早回しで見てみると、非常にダイナミックに動いたり,芽や花など新しい器官を次々と作り出していきます。このような形作りは形態形成と呼ばれ,植物ホルモンであるオーキシンが中心的な役割を担っています。当研究室ではシロイヌナズナの突然変異体や形質転換植物を使って,オーキシン応答性遺伝子の発現メカニズムを明らかにしています。
オーキシン非感受性突然変異体,massugu1 (msg1)とmassugu2 (msg2)は共に胚軸の重力応答が弱く,横に寝かせても「まっすぐ」成長します。msg1変異は劣性変異であり,その原因遺伝子はARF7という転写因子をコードしていました。一方,msg2)変異は優性変異であり,原因遺伝子はAUX/IAA19というオーキシンで誘導される遺伝子でした。msg2変異が優性ということは突然変異によって何らかの機能を獲得したかのように考えられます。これはどのようなことなのでしょうか?我々が研究しているAUX/IAA19のオーキシン応答はARF7という転写促進因子の機能阻害が解除されることで起こると考えています(下図中Binding with ARF and functional suppression)。①Tir1/AFBsオーキシンレセプターとAUX/IAA19タンパク質がオーキシン(indole-3-acetic acid)という低分子化合物を介して結合すると,AUX/IAA19タンパク質がユビキチン化され,ユビキチン化されたAUX/IAAタンパク質は速やかに分解されます。②するとAUX/IAA19タンパク質で機能阻害を受けていたARF7転写促進因子が,ターゲット遺伝子群の発現を上昇させることができるようになります。③しかし,ARF7転写促進因子のターゲット遺伝子群の中にAUX/IAA19遺伝子が存在することで,新規のAUX/IAA19タンパク質が作られARF7転写促進因子の機能阻害を起こすようになります。つまり,オーキシン濃度依存的にAUX/IAA19タンパク質の濃度が低下する仕組みでオーキシン濃度依存的に転写調節が行われていると予想しています(下図)。
このモデルは時間の進行を考えなければ妥当だと考えられますが,実際オーキシンを投与した時のAUX/IAA19遺伝子の発現は一過的でした。また最近の研究から,植物組織のオーキシン応答は基底状態と定常状態に分けられることがわかってきました。植物の形態形成はいくつもの段階を経ていること,それぞれのステップにオーキシンが関与していることが示されていることから,このような基底状態と定常状態の相互変換が形態形成に重要な役割を演じていると推測されます。私たちはこの基底状態と定常状態の相互変換を「オーキシン応答の再編」と命名し,その分子メカニズムを解明しています。
植物は食料源として、また地球環境の維持に非常に大きな役割を果たしています。その植物の発生過程を理解することは今後ますます重要になるでしょう。私たちは植物ホルモン「オーキシン」応答の理解と応用から,将来の農業や地球環境の維持に貢献したいと考えています。
植物は「もっとも身近に感じる生き物かもしれません。花や木を見て心を奪われ、ロマンを感じる人も多いと思います。そのように感じるのは人だけではなく、獣であった太古からあった感情かもしれません。科学技術の進歩により植物の成り立ちがより詳細にわかるようになって来ました。そして研究が進むにつれ、すばらしい植物の知恵に驚かされ、新しい疑問が湧いてきます。今この時代において、美しいものの最先端を研究し理解するということはとてもロマンチックなことではないでしょうか。みなさんも植物の素敵な一面を研究してみませんか?
参考文献
- 「生命とは何か―物理的にみた生細胞」、E.シュレーディンガー、岩波新書 青
- 「非線形科学」,蔵本 由紀,集英社新書
- 「エントロピーから読み解く 生物学」,佐藤直樹,裳華房
- 「ブラックジャック」、手塚治、秋田書店
- 「風の谷のナウシカ」、宮崎駿、徳間書店
- Kami C, Allenbach L, Zourelidou M, Ljung K, Schütz F, Isono E, Watahiki MK, Yamamoto KT, Schwechheimer C, Fankhauser C. (2014) Reduced phototropism in pks mutants may be due to altered auxin-regulated gene expression or reduced lateral auxin transport. Plant Journal. 77: 393-403.
- Muto H, Watahiki MK, Nakamoto D, Kinjo M, Yamamoto KT (2007) Specificity and similarity of functions of the Aux/IAA genes in auxin signaling of arabidopsis revealed by promoter-exchange experiments among MSG2/IAA19, AXR2/IAA7, and SLR/IAA14. Plant Physiology, 144: 187-196.
- Tatematsu K, Kumagai S, Muto H, Sato A, Watahiki MK, Harper RM, Liscum E, Yamamoto K T (2004) MASSUGU2 Encodes Aux/IAA19, an Auxin-regulated protein that functions together with the transcriptional activator NPH4/ARF7 to regulate differential growth responses of hypocotyl and formation of lateral roots in Arabidopsis thaliana. Plant Cell, 16: 379-393.
- Harper R. M., Stowe-Evans E. L., Luesse D. R., Muto H., Tatematsu K., Watahiki M. K., Yamamoto K. T. and Liscum E. (2000) The NPH4 locus encodes the auxin response factor ARF7, a conditional growth in aerial tissues of Arabidopsis thaliana. Plant Cell, 12: 757-770.
- Watahiki M. K., Fujihira K., Tatematsu K., Yamamoto M. and Yamamoto K. T. (1999) The MSG1 and AXR1 genes of Arabidopsis are likely to act independently in growth-curvature response of hypocotyls. Planta, 207: 362-369.
- Watahiki M. K. and Yamamoto K. T. (1997) The massugu1 mutation of Arabidopsis identified with failure of auxin-induced growth curvature of hypocotyl confers auxin insensitivity to hypocotyl and leaf. Plant Physiology, 115: 419-426.
遺伝子発現
親から子へ途切れることなく受け継がれる遺伝子は、すべてが同時に機能を発揮しているのではなく、それぞれが適切な時期に、適切な場所で作用する必要があります。形態形成にそのような遺伝子の発現が大きな役割を持っています。(綿引雅昭)
生物の成長や日々の活動はさまざまな遺伝子がはたらくことによって成し遂げられている。遺伝子がはたらくにはmRNAに転写された遺伝子情報からタンパク質が作られることが必要で、この過程を遺伝子発現という。遺伝子によってはタンパク質にならずにRNAのままで機能するものもある。(木村敦)
遺伝物質(DNA)の「情報」を、RNA、タンパク質などを経て、「機能」に転換し、表現されるまでのプロセス。(山崎健一)
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遺伝子発現のフィードバック制御
遺伝子の発現は転写やRNAのプロセッシング、翻訳などで制御され、最終的にタンパク質が作られます。この制御が発現したタンパク質によって調節されることをフィードバック制御と呼びます。オーキシン初期応答遺伝子はフィードバック制御されています。(綿引雅昭)
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オーキシン
分裂組織が器官(葉や茎や根)を作るとき、そのきっかけを与えているのは植物ホルモンのオーキシンです。また、多数の器官の間の調整を行っているのもオーキシンです。オーキシン無しには、植物は地球上に出現しなかったのではないかと言われてきて、最近になってもその重要性が再認識されていますが、ほんとうにそうなのかな?
オーキシンは植物の形態形成の鍵となるホルモンです。最大の特徴は極性輸送されるということです。またオーキシンがかかわる生理反応における遺伝子発現制御には、タンパク質の分解が大きく関与していることが最近わかりました。(綿引雅昭)
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屈性
植物の軸が刺激に対して、方向性を持って曲がる減少です。重力、光、水分、熱、化学物質などに反応します。(綿引雅昭)
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