コケ植物が環境に応じて細胞間コミュニケーションを制御する新たな仕組みを発見
形態機能学系の神野智世博士研究員、楢本悟史准教授、藤田知道教授を中心とする研究グループは、モデルコケ植物ヒメツリガネゴケを用いて、植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」が細胞間の情報伝達を担う「原形質連絡(PD)」の一次形成を制御することを明らかにしました。
本研究により、植物は環境ストレスに応じてPDの密度や透過性を柔軟に調節し、細胞間コミュニケーションを制御していることが示されました。この成果は、植物の環境適応メカニズムの理解を深めるとともに、乾燥などのストレスに強い作物の開発にも貢献すると期待されます。
本成果は、米国科学振興協会(AAAS)の学術誌『Science Advances』に2025年5月7日付で掲載されました。
▶プレスリリース(北海道大学):
https://www.hokudai.ac.jp/news/2025/05/post-1874.html
研究概要:
植物は「原形質連絡(Plasmodesmata, PD)」と呼ばれる細胞壁にある多数の微細な孔を通じて、細胞間で情報分子や栄養素をやり取りしています(図)。このPDは直径わずか数十ナノメートルと極めて小さく、この構造を通じてRNAや代謝産物、イオンなどが通過することで細胞同士が協調し、個体全体としての成長や環境応答が維持されています。
本研究では、モデルコケ植物ヒメツリガネゴケを用いた解析により、植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」がPDの形成を抑制し、その密度を低下させることを世界で初めて明らかにしました。
さらに、ABAの受容体(PYL)、リン酸化酵素(SnRK2)、脱リン酸化酵素(PP2C)といったABAシグナル伝達経路の主要因子に加えて、転写因子ABI5がPDの数の制御に、別の転写因子ABI3がPDの透過性(構造)に関与することも解明しました。
これらの成果から、植物はストレス環境下でPDの数と機能を柔軟に調整し、情報分子の細胞間におけるやり取り(細胞間コミュニケーション)を制限・再開することで成長のバランスを取っていることが示唆されます。これは、植物が進化の中で獲得した高度な環境適応戦略の一端を明らかにするものであり、今後、乾燥や塩害などの環境ストレスに強い作物の開発にもつながる重要な基礎知見となります。
論文名:Abscisic acid signaling regulates primary plasmodesmata density for plant cell-to-cell Communication(アブシジン酸シグナルは、植物の細胞間コミュニケーションに関わる一次 原形質連絡の密度を制御する)
著者名 :神野智世1 、藤崎 健2 、四井いずみ2 、大内基生3 、シン プレルナ(Prerna Singh)4 、楢本悟史1,5、 竹澤大輔 3 *、坂田洋一 2 *、藤田知道 1 *(1北海道大学大学院理学研究院、2東京農業大学生命科 学部、3埼玉大学大学院理工学研究科、4北海道大学大学院生命科学院、5科学技術振興機構さきがけ、*責任著者)
雑誌名 :Science Advances(米国科学振興協会(AAAS)の学術誌)
リリース配信日時:2025 年 5 月 7 日(水)(オンライン公開)
DOI: 10.1126/sciadv.adr8298