研究トピックス

遺伝子発現における翻訳制御の重要性を解明

遺伝子発現における翻訳制御の重要性を解明 ~日周的な遺伝子発現を司る新たなメカニズムを提案~

ポイント 

・明暗条件下におけるmRNA量・翻訳量の時系列データの取得に成功。

・日周変動パターンを示す遺伝子の7割が翻訳制御を受ける可能性を発見。

・翻訳の日周変動のメカニズムの1つとして、mRNA上の制御因子を介することを示唆。

概要

 北海道大学大学院理学研究院の千葉由佳子准教授(現・教授)、大学院生命科学院博士課程の青山 悠氏、東京大学大学院新領域創成科学研究科の荒江星拓博士研究員、北海道大学大学院農学研究院の内藤 哲名誉教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の反田直之助教(現・大阪公立大学農学研究科 助教)らの研究グループは、遺伝子発現の日周変動において翻訳制御が大きな役割を果たすことを明らかにしました。
 植物は地球の回転運動に伴う光・温度・季節変化などに対し、遺伝子発現の日周変動を介してうまく適応しています。遺伝子発現の日周変動は約24時間周期を持つ体内時計と環境シグナルに対しての応答により制御されており、DNAからメッセンジャーRNA (mRNA) に情報が写し取られる転写制御についてのメカニズムは広く明らかになっています。しかしながら、mRNAからタンパク質が作られる翻訳段階の制御についてはまだ多くが明らかになっていませんでした。
 今回、研究グループは、遺伝子発現の日周変動に対する翻訳制御の影響を明らかにするために、明暗条件下で生育されたモデル植物シロイヌナズナを用いてmRNA量と翻訳量の時系列データを取得しました。その結果、今回の解析で同定された日周変動遺伝子のうち71%が翻訳制御を受けていることを示しました。また、日周的な翻訳制御のメカニズムとして、mRNA上に存在する制御因子である『上流ORF』を介している可能性を見出しました。本研究は植物における翻訳制御の多様性と重要性を示し、遺伝子発現の日周変動についてさらなる知見を提供するものです。
 本研究成果は2024年3月18日、The Plant Journal誌にオンライン公開されました。

本研究により新たに提案された、上流ORFを介した日周的な遺伝子発現制御の模式図。

【背景】
 地球の回転運動は24時間周期の昼夜サイクルを生み出し、免疫応答やストレス応答など多くの生理学的イベントに影響を及ぼしています。生物はこの周期的な変動に対して適応するために、遺伝子発現を日周的に変動させています。遺伝子発現の日周変動は、約24時間周期を持つ概日時計と、温度や光などの周期的な環境変化に対する応答の組み合わせにより調節されていると考えられます。これまで、遺伝子発現の日周変動は主にmRNAの量に基づいて議論がなされてきました。しかし、いくつかの研究でmRNA量と最終的なタンパク質の量の相関が低いことが分かり、mRNAが転写されるより後の段階での制御の重要性が示唆されました。このような制御にはmRNAの情報をタンパク質に変換する翻訳段階での遺伝子発現制御も含まれており、ヒトではがん、精神疾患、睡眠障害などの疾患に関わることが明らかになってきています。植物においても日周的な発現制御の翻訳制御に着目して先行研究が行われ、多くのmRNAが日周的な翻訳制御を受けることが明らかになっていますが、手法の問題もあってまだ詳しくは解明されていません。

【研究手法】
 研究グループは、遺伝子発現の日周変動に対する翻訳制御の影響を明らかにするために、12時間/12時間の明暗条件で生育したモデル植物シロイヌナズナのサンプルを用いて、mRNA量と翻訳量の網羅的な解析を行いました(図1)。今回用いた手法は、それぞれmRNA量と翻訳量の網羅的解析であるRNA-seq*1とリボソームプロファイリング*2です。リボソームプロファイリングでは、従来の手法でも得られる「どのmRNAがどのくらい翻訳されているか」という情報に加えて、「mRNA上のどの部分が翻訳されているか」という位置情報も高解像度で得ることができます。遺伝子発現の日周変動パターンをしっかりとらえるため、植物サンプルは夜明け後0時間、3時間、6時間、12時間 (日没時) 、18時間、21時間の計6タイムポイントで取得されました。

【成果】
 まず、翻訳制御が遺伝子発現の日周変動に与える影響を明らかにするために、1本のmRNAがどれくらい翻訳されるかという指標である「翻訳効率」を調べました。すると、解析対象のうち約半数が翻訳効率の日周変動を示したことから、遺伝子発現の日周変動に翻訳制御が広く関わっていることが示唆されました。次に、RNA-seqで得られるRNA量とリボソームプロファイリングで得られる翻訳量がそれぞれ日周変動を示すかという指標を組み合わせて解析を行いました。その結果、翻訳量のみが日周変動を示す遺伝子が約1,000個、RNA量と翻訳量の両方が日周変動を示し、かつピークがずれている遺伝子が約2,500個見つかり、日周的な発現パターンを示す遺伝子の中で、約70%に翻訳制御が影響している可能性が示されました (図2)。興味深いことに、翻訳量のみが日周変動を示す遺伝子群では、半数以上の遺伝子が夜間に翻訳のピークを迎えることが分かりました。そのような遺伝子群の中には、カルシウム、鉄、マグネシウム、カリウムなどの金属イオン輸送体*3の遺伝子や、重要なタンパク質修飾であるグリコシル化*4の材料となるN-グリカンの生合成経路に関わる遺伝子が多く含まれていました。
 次に、日周的な翻訳制御のメカニズム解明に迫るため、上流オープンリーディングフレーム*5 (uORF) の解析を行いました。uORFはmRNA上の機能的なタンパク質の情報を持つ部分 (メインORF, mORF) の上流に存在し、下流のmORFの翻訳を抑制することがよく知られています。また、uORFは真核生物に広く保存されており、シロイヌナズナでも37%の遺伝子が少なくとも一つのuORFを持つことが分かっています。uORFの有無と発現の日周変動の関係を調べると、翻訳量のみが日周変動を示す遺伝子群と、RNA量と翻訳量の両方が日周変動を示し、かつピークがずれている遺伝子群で、uORFを持つ遺伝子が有意に多いということが分かりました。このことは、日周変動を示す遺伝子の翻訳制御にuORFが関与する可能性を示します。uORFを介した制御により発現が日周変動する遺伝子の候補を探索するため、uORFによる制御がない遺伝子ではuORFとmORFの翻訳効率の時間的なパターンが一致しているという仮説のもと、それぞれの翻訳効率が異なるパターンを示す遺伝子を255個抽出しました。興味深いことに、この遺伝子群ではuORFの翻訳効率が朝~昼の時間帯にピークを示す一方、mORFの翻訳効率は夜間にピークを示すことが分かりました (図3)。この遺伝子群の中には翻訳量のみが日周変動を示す遺伝子とRNA量と翻訳量の両方が日周変動を示す遺伝子のどちらもが存在しました。これらの結果は遺伝子発現の日周変動における翻訳制御にuORFが大きな影響を及ぼすことと、uORFによる翻訳制御様式の多様性を強く示唆しています。

【今後への期待】
 本研究では、明暗条件下においてRNA量と翻訳量の時系列データを網羅的に取得することによって、遺伝子発現の日周変動における翻訳制御の重要性を明らかにしました。さらに、そのメカニズムにも迫り、多くの遺伝子でuORFを介してmORFの翻訳効率が日周的に調節されている可能性を示しました。植物の花成や免疫・ストレス応答など、農学的に重要なプロセスが日周的な遺伝子発現によって制御されていることから、本研究で得られた遺伝子発現の日周変動のメカニズムに関する知見は、将来の応用的な分子育種などの礎となることが期待されます。

【謝辞】
 本研究は、JSPS科学研究費助成事業・挑戦的研究 (萌芽) (課題番号:JP19K22375)、同・先進ゲノム支援 (課題番号:JP16H06279 (PAGS))、同・学術変革領域研究 (A) (課題番号:JP20H05926)、同・特別研究員奨励費 (課題番号:JP22KJ0759)、大隅基礎科学創成財団 (5-G0032)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム (JPMJSP2119) の助成を受けて行われました。

論文情報
論文名 
Impact of translational regulation on diel expression revealed by time-series ribosome profiling in Arabidopsis(シロイヌナズナにおいて時系列リボソームプロファイリングにより明らかにされた日周発現に対する翻訳制御の影響)
著者名 
青山 悠1†、荒江 星拓2†、山下 由衣3、豊田 敦4、内藤 哲3、反田 直之5、千葉 由佳子1,61北海道大学大学院生命科学院、2東京大学大学院新領域創成科学研究科、3北海道大学大学院農学研究院、国立遺伝学研究所先端ゲノミクス推進センター、5東京大学大学院農学生命科学研究科、6北海道大学大学院生命科学院、共同第一著者)
雑誌名:The Plant Journal(英国植物科学専門誌)
DOI:https://doi.org/10.1111/tpj.16716
公表日:2024年3月18日(オンライン公開)

お問い合わせ先
北海道大学大学院理学研究院 教授 千葉 由佳子
メール:yukako@sci.hokudai.ac.jp

図1. 実験の概要


図2. 日周変動遺伝子の分類
日周変動遺伝子のうち、翻訳効率が有意な変動を示すものは71%だった。

図3. mORFの翻訳効率とuORFの翻訳効率が異なる遺伝子群のヒートマップ
uORFの翻訳効率が朝~昼の時間帯にピークを示す一方、mORFの翻訳効率は夜間にピークを示す。

【用語解説】
*1 RNA-seq … 遺伝子発現のゲノムワイドな定量方法の一つ。次世代シーケンサーという装置を用いて細胞中にあるmRNAの配列を解読し、各遺伝子のmRNA量を定量する方法。
*2 リボソームプロファイリング … mRNAの翻訳状態をゲノムワイドに知ることができる手法。細胞内で翻訳中のリボソームを取り出し、リボソームに保護された部分のmRNA断片の配列を次世代シーケンサーで決定することにより翻訳量を定量する方法。
*3 金属イオン輸送体 … 金属イオンの輸送を担う膜タンパク質。
*4 グリコシル化 … タンパク質もしくは脂質へ糖鎖が付加する反応。糖鎖付加ともいい、タンパク質の重要な翻訳後修飾の一つ。
*5 オープンリーディングフレーム … 開始コドンと呼ばれる3塩基から始まり、終止コドンと呼ばれる3塩基で終わる、タンパク質に翻訳される情報を持つDNA/RNA配列のこと。