コアラのユーカリの好みは腸内細菌と関係している~母親を介して受け継がれた腸内細菌が生み出すコアラの好き嫌い~
ポイント
・日本の動物園で飼育されているコアラにおいて、遺伝とユーカリの好みと腸内細菌を調査。
・コアラは複数種あるユーカリを選んで食べており、遺伝的背景や腸内細菌と強く関係。
・腸内細菌を調べて適切なユーカリを選ぶことで、給餌効率を上げることに貢献できる可能性。
概要
北海道大学大学院環境科学院博士後期課程3年の近藤虎太郎氏、修士課程2年(当時)の鈴木美澪氏、同大学大学院地球環境科学研究院の早川卓志助教、北里大学獣医学部の小倉匡俊講師、鹿児島市平川動物公園飼育展示課の落合晋作氏、村上浩一氏らの研究グループは、コアラのユーカリの好みが、遺伝的背景や腸内細菌と関係していることを解明しました。
コアラはオーストラリアのみに生息する哺乳類です。もっぱらユーカリの葉を食べて暮らしていますが、ユーカリは数百種もあり、種によって繊維の質や毒性の種類が異なります。そのため、コアラはなるべく消化・解毒しやすいユーカリ種を選んで食べています。しかし、なぜ特定のユーカリを消化・解毒できるのかについては、コアラが持つ特殊な嗅覚・味覚、解毒酵素、腸内細菌など、様々な理由が考えられていますが、そのメカニズムの全容は解明されていません。
研究グループは、日本の飼育コアラが由来したオーストラリアの地域と、ユーカリへの選り好み、そして腸内細菌について調べました。その結果、日本のコアラたちはオーストラリアの様々な地域から来ており、由来地域と採食行動と腸内細菌は互いに相関があることが分かりました。
このことは、それぞれのコアラたちが持つ腸内細菌は母親を介して世代を超えて受け継がれており、由来した地域に自生するような特定のユーカリ種を消化・解毒するよう適応していることを意味します。日本の動物園では、コアラたちが給餌されたユーカリの多くを選り好み、食べ残してしまうことが課題になっています。こうした遺伝的背景や腸内細菌をあらかじめ調べて、適切なユーカリ種を把握することは、日本の動物園での給餌効率を上げることに貢献できる可能性があります。
なお本研究成果は、2024年5月27日(月)公開のPeerJ誌にオンライン掲載されました。
本研究によって、日本で飼育されているコアラの遺伝的背景(由来地域)、ユーカリの好み、腸内細菌の間には、互いに関係があることが分かった。腸内細菌の組成や多様性の違いは、オーストラリアの由来地域(北の方か南の方か)の違いに起因することが示された。
【研究の背景】
有袋類は未熟な状態で生まれた乳児を、母親の腹部にある袋(育児嚢)の中で育てる哺乳類です。その多くはオーストラリアに生息し、中でもコアラ(Phascolarctos cinereus)はよく知られ、オーストラリアを象徴する人気動物です。コアラはオーストラリア東部のユーカリ森林に生息しています。ユーカリの樹の上で単独で生活し、もっぱらユーカリの葉を食べています。ユーカリの消化には時間がかかるため、1日のほとんどを休んだり寝たりして過ごしています。
興味深いことに、オーストラリアにはユーカリが数百種もあります。地域によって分布するユーカリの種は異なり、それぞれの地域のコアラが棲む森にも複数種のユーカリがあります。ユーカリは種によって繊維の質や毒性の種類が異なるため、コアラは消化・解毒できるユーカリを、嗅覚や味覚を使って慎重に選んで食べています。そしてユーカリの繊維や毒を消化・解毒するのを助けているのは肝臓の解毒酵素や腸内にいる共生細菌です。地域によって異なるユーカリの繊維や毒性に適応した結果、コアラが持つ解毒能力や腸内細菌には地域特異性があることは示唆されてきましたが、そのメカニズムの全容は明らかにされていません。
そこで研究グループは、日本の動物園で飼育されているコアラに注目しました。日本ではなるべく多くのユーカリを食べる機会をコアラに与えるため、各動物園で複数種のユーカリを給餌しています。しかし、コアラが偏食家であるがゆえに、ユーカリを激しく選り好みし、多くを残してしまいます。そしてこの選び方には個体差があることが動物園では知られていました。先行研究で、この選び方には、ユーカリが持つにおいと関係していることは分かっていましたが、そもそもなぜ個体差があるのか、その個体差は何と関係しているのかは明らかになっていませんでした。
【研究手法】
飼育コアラのユーカリに対する選り好みの個体差を生み出すメカニズムを探るため、オーストラリアの由来地域と腸内細菌について調べました。調査は鹿児島市平川動物公園と淡路ファームパーク イングランドの丘で実施しました。
由来地域については、コアラのミトコンドリア遺伝子を分析し、その遺伝子型を有するオーストラリアの地域を判定しました。ミトコンドリアは必ず母親から子供に遺伝しますので、飼育下で生まれたコアラについては、母親の由来した地域が分かることになります。また、動物園では伝統的にコアラを北方系と南方系の2地域に分類しており、その分類についても検討しました。なお、ミトコンドリアでの分類と伝統的分類は一致しません。
腸内細菌については、調査期間中に糞便を集めることで、消化管から排出された腸内細菌を糞便から抽出しました。糞便由来腸内細菌のDNAを網羅的に分析する16Sマイクロバイオーム解析という手法で、各コアラが持つ腸内細菌の組成を明らかにしました。
採食行動については、5種のユーカリをコアラに同時に給餌し、瞬間サンプリング法という手法で30秒ごとに各コアラが食べたユーカリの種名を記録しました。
これらの母系の由来地域、腸内細菌、採食行動の三つの関係性について、多変量解析の手法を用いて統計的に分析しました。
【研究成果】
コアラはミトコンドリアによって四つの地域(北部1、北部2、中部、南部)に分けられますが、今回調査した日本のコアラは北部2、中部、南部の3地域のいずれかに属することが分かりました(図1)。またイングランドの丘の一部の個体は南方系として飼育されていました。
次に、腸内細菌について調べたところ、それぞれのコアラは100種前後の腸内細菌を持つと推定されました。その多様性(細菌種数や割合の豊富さ)や組成(細菌種の違い)はコアラによって大きく異なっていました。そして腸内細菌の多様性も組成も、母系の由来した地域と有意に相関があることが分かりました(図2)。例えば、南部のコアラにはタネレラ科(Tannerellaceae)の細菌が優先する一方で、北部2のコアラにはリケネラ科(Rikenellaceae)の細菌が優先していました。コアラは乳児期に、母親が排便した盲腸便(パップ)を摂取することで、母親から腸内細菌を受け継ぐと考えられています。かつて野生にいた母親もしくは祖母以前の母系の腸内細菌が連綿と引き継がれ、現在の日本の動物園でも維持されていることが示唆されます。
最後に採食行動について観察したところ、提示した5種のユーカリに対する選り好みは個体によって異なりました(図3)。ある個体はカマルドレンシス(Eucalyptus camaldulensis)というユーカリをより多く食べた一方で、別の個体はテレチコルニス(Eucalyptus tereticornis)をほとんど食べないといった形です。この選り好みを、ミトコンドリアの由来地域や腸内細菌と比べてみたところ、やはり相関がありました(図4)。つまり飼育下のコアラは、母親を通じて受け継がれてきた腸内細菌が消化・解毒できるユーカリを、選んで食べていることを示唆しています。
図1
図2
図3
図4
【今後への期待】
飼育下におけるコアラの腸内細菌の多様性や組成は、それぞれの飼育コアラが由来したオーストラリアの地域のものが母親を通じて受け継がれており、それがユーカリの選り好みにも関係していることが分かりました。腸内細菌を調べることで、飼育コアラのユーカリの選り好みを減らし、動物園での給餌効率を上げることができるかもしれません。また現在、研究グループはオーストラリア現地のユーカリの森でも、野生のユーカリとコアラと腸内細菌の関係を調べています。生息地を離れて暮らす日本のコアラの行動や腸内環境の起源が近い将来、明らかにされることでしょう。
論文情報
論文名:Association of maternal genetics with the gut microbiome and eucalypt diet selection in captive koalas(飼育コアラにおける母系の遺伝的背景の腸内マイクロバイオームおよびユーカリ食選択との関係)
著者名:近藤虎太郎1、鈴木美澪1、雨平 愛2、荒木千晴2、渡邉里衣2、村上浩一3、落合晋作3、小倉匡俊2、早川卓志4(1北海道大学大学院環境科学院、2北里大学獣医学部、3鹿児島市平川動物公園、4北海道大学大学院地球環境科学研究院)
雑誌名:PeerJ(生物学・生命科学の専門誌)DOI:10.7717/peerj.17385
公表日:2024年5月27日(月)(オンライン公開)