研究トピックス

ダイズ根圏細菌のイソフラボン代謝遺伝子クラスターを発見

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ダイズ根圏細菌のイソフラボン代謝遺伝子クラスターを発見
―根圏形成メカニズムの理解や有用物質生産に貢献―

概要
 イソフラボン類は、豆腐や味噌などのダイズ食品に含まれており、私たちが日常的に摂取する植物特化代謝産物です。イソフラボン類は、ダイズにとっては窒素栄養の少ない土壌で窒素固定をする根粒菌との共生や、病原菌からの防御など、自然環境に適応するために重要な物質であることが知られています。私たちのグループは、近年、ダイズ根から土壌中に分泌されたイソフラボンは、根から数ミリの根圏領域に留まり、コマモナス科などを増加させて根の周りの微生物コミュニティーを変化させ、ダイズ根圏微生物叢の形成に関わること (https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-01-14)、イソフラボンの根圏への分泌にはアポプラスト局在のβ-グルコシダーゼ(ICHG)が関与すること(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-02-10)を明らかにしました。しかし、根圏のイソフラボン類が土壌の細菌によってどのように代謝されているのかは明らかにされていませんでした。
 京都大学生存圏研究所 杉山暁史 教授、島﨑 智久 同大学院農学研究科博士課程学生(現、北海道大学大学院教育推進機構助教)、青木愛賢、矢崎渉、佐藤友昭 同大学院農学研究科修士課程学生、中安大 生存圏研究所特任助教、矢崎一史 同特任教授、小川順 同大学院農学研究科教授、岸野 重信 同准教授、安藤 晃規 同助教の研究グループは白須 賢 理化学研究所環境資源科学研究センター副センター長、増田幸子 同研究員、柴田 ありさ 同テクニカルスタッフIIと共同で、ダイズの根圏から単離したコマモナス科細菌が有するイソフラボン代謝遺伝子クラスターを発見しました。腸内細菌が有するイソフラボンの還元的な代謝経路とは異なり、好気的なダイズ根圏では、イソフラボンは酸化的に代謝されることが明らかとなり、その経路上には新規な中間代謝産物も見出されました。さらに、イソフラボン代謝遺伝子クラスターはイソフラボンを生産するマメ科植物の根圏細菌にも広く見出されたことから、土壌細菌が本遺伝子クラスターを持つことで、イソフラボン生産植物の根圏へ適応することが示唆されました。本研究成果は、植物との相互作用に関わる根圏細菌の新規な遺伝子クラスターを明らかにしたものであり、根圏微生物叢の形成メカニズムの理解や、植物と根圏微生物の相互作用を活用した有用物質生産につながります。
 本研究成果は、2024年4月9日に国際学術誌「ISME Communications」にオンライン掲載されました。

ダイズ根圏のVariovorax属細菌がイソフラボンを代謝する遺伝子クラスターを有することを発見
(イラスト:サイエンス・グラフィックス株式会社)

1.背景
 根圏は「根から影響を受ける土壌領域」と定義されている根近傍の土壌です。根圏は植物から分泌されるさまざまな代謝物の影響によって、土壌の中でも特に微生物が多く存在することが知られていますが、近年、植物が分泌する特化代謝産物が根圏にいる微生物のコミュニティー(根圏微生物叢)の形成に重要な役割を担うことが明らかにされてきました。本研究で用いたダイズでは、根から分泌される主要な植物特化代謝物であるイソフラボンがダイズ根圏細菌類のコミュニティーの形成に関与すること(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-01-14)、イソフラボンの根圏への分泌にはアポプラスト局在のβ-グルコシダーゼ(ICHG)が関与すること(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-02-10)が明らかになっていました。しかし、根圏のイソフラボンが土壌の細菌によってどのように代謝されているのかは明らかにされていませんでした。

2.研究手法・成果
 これまでの研究でイソフラボンがダイズ根圏にコマモナス科の細菌を増加させることが明らかになりました。本研究では、ダイズ根圏の主要なイソフラボンであるダイゼインを分解できるコマモナス科の細菌をダイズ根から単離することとしました。ダイズ根から複数のダイゼイン分解菌が得られ、それらの多くはコマモナス科のバリオボラックス属に属することが明らかとなりました。これらの細菌のゲノム配列を決定し、ダイゼインが存在する条件で発現が増加する遺伝子をトランスクリプトーム解析により明らかにしました。その結果、バリオボラックス属細菌のゲノム上の特定の領域に、ダイゼイン存在条件で発現が上昇する遺伝子が見出され、イソフラボン代謝に関わる遺伝子クラスターであることが推測されました。つづいて、これらの遺伝子の機能を明らかにするために、それぞれの遺伝子を欠損した遺伝子破壊株を作成して、ダイゼインの分解活性が変化するかを調べるとともに、大腸菌の中でそれぞれの遺伝子がコードする酵素タンパク質を発現させ、試験管内でその酵素がダイゼインを分解するかを調べました。これらの解析により、ダイゼインが酸化的に分解される経路が明らかになりました(図1)。その中で、ifcD1、ifcD2遺伝子の欠損によりバリオボラックス属菌に蓄積するイソフラボン中間代謝産物の2-hydroxy-5-(4-hydroxyphenyl)-4H-pyran-4-oneは新規な代謝産物でした。イソフラボンは私たちが日常的に摂取する植物特化代謝産物であり、腸内細菌がイソフラボンを代謝する経路は明らかにされています。しかし、腸内は嫌気的な環境であり、イソフラボンは還元的に代謝されて体内に吸収されます。根圏環境は酸化的な環境のため、イソフラボンは腸内とは全く異なる経路で代謝されることが推測されていましたが、本研究によりその経路が初めて明らかになりました。
 バリオボラックス属の細菌のゲノム配列は公共のデータベースにも登録されています。今回、私たちが単離したバリオボラックス属細菌のゲノム配列と、それらのゲノム配列を比較したところ、ダイゼインの分解に関わる遺伝子はイソフラボンを生産するマメ科植物の根や根圏土壌から採取されたバリオボラックス属細菌により多く見出されました(図2)。このことは、イソフラボン代謝遺伝子クラスターを有することで、土壌細菌がイソフラボンの多く存在するマメ科植物根圏へ適応するのに有利に働くことが示唆されます。実際に、ifcA遺伝子を破壊し、イソフラボンを分解できなくなったバリオボラックス属細菌は、野生株と比較して、ダイゼインが存在する培地上での生育が低下しました。ダイズ根圏のイソフラボンのように、植物は様々な特化代謝産物を根から根圏に分泌します。植物毎に特徴的な根圏微生物叢が形成されますが、土壌細菌の有する特化代謝産物の代謝遺伝子群が、根圏での植物–微生物相互作用に広くかかわると考えられます。

3.波及効果、今後の予定
 本研究は、根圏細菌の有するイソフラボンの酸化的な代謝経路を初めて示しました。今回見出された根圏に存在する細菌が植物特化代謝産物の代謝遺伝子を有するという現象は、他の植物の根圏環境にも共通している可能性が高いと考えられます。そのため本研究成果は、今後の研究で「植物特化代謝物の代謝遺伝子を介した根圏微生物叢の形成メカニズム」について理解を深めることにつながります。また、植物の代謝産物と根圏微生物の有する代謝遺伝子を組み合わせることにより、有用物質生産への活用も期待されます。本研究は根圏の機能を活用した持続可能な生存圏の構築に応用されることが期待されます。

4.研究プロジェクトについて
 本研究は、日本学術振興会科研費科学研究費、基盤研究(B)「根圏ホロビオント代謝ネットワークの理解による植物生育促進効果の解明」、JST CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」、JST GteX「GXを駆動する微生物・植物「相互作用育種」の基盤構築」、生存圏研究所ミッション研究(Misson 1)等の支援を受けて行われました。

<用語解説>
遺伝子破壊株
遺伝子の機能を調べることを目的として作成される特定の遺伝子が欠損した菌株のこと。

イソフラボン類
ダイズなどのマメ科植物が多く含有するフラボノイド化合物のグループ。フラボノイドはベンゼン環に複数のヒドロキシ基がついた分子構造を持つポリフェノールの一種で、他にはブルーベリーのアントシアニンやお茶のカテキンなどが知られています。

遺伝子クラスター
生物のゲノム上で、特定の代謝物の生合成や異化など、共通の機能に関わる遺伝子が集積している領域のこと。

根圏
植物の根から影響を受ける領域と定義されている、根のすぐ近くの土壌のこと。
植物特化代謝産物
ほぼ全ての生物に共通して存在する一次代謝産物以外の、ある特定の植物に限ってみられる代謝物。植物の環境適応や自己および他者の制御に関わり、生物活性を有するものが多い。それぞれの特化代謝物が持つ色や香り、味、薬理作用などの特性が、染料や香料、医薬品原料などとして私たちの生活に役立てられています。

微生物叢(細菌叢)
微生物の集合・コミュニティー。土壌に生息する微生物には細菌、菌類、藻類、線虫などが存在する。ヒトの健康状態と腸内細菌叢、植物の生育と根圏微生物叢の関連性が近年注目されており、盛んに研究されています。

<研究者のコメント>
 植物は根圏に生息する多種多様な微生物と相互作用することで様々な環境ストレスに適応しています。植物特化代謝産物は、この生物間相互作用を可能にするシグナル分子として働くことから、その生理学的な機能の理解は、根圏微生物の力を活用した持続可能な農業への応用につながると考えられます。本研究は、植物根から分泌された特化代謝産物に対する根圏細菌の応答を遺伝子レベルで解明した点に大きな価値があると考えています。今後も農業生産への応用を見据えた、植物特化代謝産物を介した植物‒微生物間相互作用の研究を進めていきます。(島﨑智久)

<論文タイトルと著者>
タイトル:An Isoflavone Catabolism Gene Cluster Underlying Interkingdom Interactions in the Soybean Rhizosphere
(ダイズ根圏の生物間相互作用の基盤となるイソフラボン異化遺伝子クラスター)
著 者:Noritaka Aoki, Tomohisa Shimasaki, Wataru Yazaki, Tomoaki Sato, Masaru Nakayasu, Akinori Ando, Shigenobu Kishino, Jun Ogawa, Sachiko Masuda, Arisa Shibata, Ken Shirasu, Kazufumi Yazaki, Akifumi Sugiyama
掲 載 誌:ISME Communications DOI:https://doi.org/10.1093/ismeco/ycae052

図1

図2