研究トピックス

栄養バランス応じた植物の生育制御に必要な細胞内の交通整理タンパク質を発見

形態機能学系の佐藤准教授らのグループは、植物の環境応答に関する新たなメカニズムを発見して、植物学分野のトップジャーナルであるPlant Cell誌に論文発表しました。北海道大学のプレスリリース記事として公開されており、Plant Cell誌の注目論文として紹介記事も掲載されています。以下、佐藤先生による解説です。

 

生物は様々な環境条件にさらされる中で、恒常性を保ちながら自身の生育を最適化させています。栄養バランスの乱れは、我々ヒトにとってもメタボリックシンドロームに代表される様々な疾患を引き起こします。植物にとっても栄養バランスの異常はストレスであり、バイオマスの低下や老化促進といった生育の阻害が起こるため、農作物の収量を考える上でも大事です。

特に、代謝の根幹を担う糖(炭素源、C)と窒素(N)のバランス(C/Nバランス)は重要です。糖を供給する光合成活性や土壌中の窒素量は、季節や昼夜の日照条件、降雨等で絶えず変動するため、適切なC/Nバランスを保つ仕組みが要となります。また、現在進行している大気中二酸化炭素量の増加もC/Nバランスに影響を与えるため、植物への影響も懸念されています。しかし、こうしたC/Nバランス異常(C/Nストレス)への適応メカニズムはほとんどわかっていません。

本研究では、植物のC/Nストレス応答機構の解明を目指し、モデル植物シロイヌナズナを用いた研究に取り組みました。その結果、細胞内物質輸送制御因子であるSNAREタンパク質SYP61が植物のC/Nストレス耐性付与に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

生物の細胞内には、特定のタンパク質や代謝物(積荷)を適切な場所に運搬するための精巧な仕組みが備わっており、「膜交通」と呼ばれています。これは、特定の積荷を脂質膜からなる小胞に載せて目的の細胞小器官に分配する仕組みで、2013年のノーベル生理学・医学賞を受賞した研究としても有名です。膜交通は現代の物流システムとよく似ています。SNAREタンパク質は、この膜交通において、積荷を載せた小胞を正しい目的地に届けるための交通整理役として機能する重要な因子であり、動植物を問わず、その機能制御機構の解明が待たれています。

本研究結果から、これまでC/N応答制御因子として報告していたユビキチンリガーゼATL31の相互作用因子としてSYP61が同定されました。そして、SYP61遺伝子の機能抑制変異株はC/Nストレス耐性が著しく低下することが分かりました。加えて、この変異株内ではATL31の細胞内局在性が異常を示し、本来ATL31が居るべき場所に運ばれていないことが分かりました。実際に、SYP61機能抑制変異株内でATL31を過剰に発現させても、本来ATL31過剰発現株で獲得しているはずのC/Nストレス耐性強化が起こらなかったことからも、SYP61はATL31の運搬制御を介したC/Nストレス適応に必要であることが示されました(図1)。

図1. SYP61機能抑制変異株内では、ATL31は局在性に異常を示し(野生型背景でドット状に見えるATL31-GFP蛍光シグナルが細胞質で分散してしまう)、ATL31過剰発現によるC/Nストレス耐性が抑制される。

 

さらに、興味深い発見として、SYP61は植物体内でユビキチン化修飾を受けており、生育培地中のC/Nバランスに応じてユビキチン化状態が変動することを見出しました。そして、SYP61ユビキチン化の一部はATL31が担う可能性が示されました。これまでは、輸送される積荷タンパク質側の翻訳後修飾により、個々の積荷の運搬先が制御されることが報告されていましたが、膜交通を担う因子側の機能制御機構についてはほとんどわかっていません。

本研究結果から、栄養ストレス下では、SNAREタンパク質のユビキチン化修飾により、細胞内の交通整理システム自体が環境刺激に応じてダイナミックに変動し、植物の代謝や成長の最適化が図られている新たな可能性が示唆されました(図2)。本研究成果は、膜交通系の新たな機能を提案すると同時に、不安定な栄養環境において十分な収量を得られる作物の作出への応用が期待されます。

図2 膜交通制御因子SYP61を介した植物の栄養バランス応答機構の仮説

 

本研究は、北海道大学、お茶の水女子大学、東京都医学総合研究所、立命館大学、理化学研究所光量子工学研究センター、スウェーデン農業科学大学の研究グループによる国際共同研究として実施されました。

 

論文:Hasegawa Y, Huarancca Reyes T, Uemura T, Baral A, Fujimaki A, Luo Y, Morita Y, Saeki Y, Maekawa S, Yasuda S, Mukuta K, Fukao Y, Tanaka K, Nakano A, Takagi J, Bhalerao RP, Yamaguchi J and Sato T (2022) The TGN/EE SNARE protein SYP61 and the ubiquitin ligase ATL31 cooperatively regulate plant responses to carbon/nitrogen conditions in Arabidopsis. Plant Cell(DOI: 10.1093/plcell/koac014