研究トピックス

根圏細菌植物との共生でパワーアップ。環境浄化の切り札に

地球上に生命が誕生してからおよそ35億年、陸上でも海底でもいのちの源である物質循環を底辺でもくもくと支えてきたのは微生物です。生命の進化の歴史を秘め、環境浄化の担い手となる微生物。植物と共生することでいっそう力を発揮するその不思議な性質について、お話をうかがいました。

【Q】=インタビュアー

あらゆるところに未知の微生物を求めて

【Q】先生が研究されている「いきもの」について教えてください。

【森川】私の研究対象は微生物の中でももっとも小さな原核微生物・・・具体的には細菌とアーケア(始原菌)です。アーケアは単細胞で核を持たないので細菌のようですが、むしろ動物や植物のような真核生物に近い、独立したグループと考えられています。これまでに火山や海底油田などの高温・高圧・無酸素の環境で、硫黄を使って呼吸するもの、原油を分解するものなどちょっと変わった菌を採集し、調べてきました。

【Q】「過酷な環境にいる変わった菌」ですね?

【森川】生命が誕生したころの地球は、高温で酸素のない環境だったと考えられています。だから、過酷な環境に生息する微生物を調べることで生命の進化の過程を解き明かせるかもしれないと期待しています。

また、もともと私は工学部出身なので生き物に対しても、ついつい「何かに役立てられないか」という目で見てしまいます。いま注目しているのは、植物の光合成作用とその根圏細菌の分解作用を組み合わせた、省エネ型の環境浄化法です。

【Q】根圏とは?

【森川】植物の根から放出される物質が細菌に、細菌から放出される物質が植物に互いに影響をおよぼす領域のことで、地中では根から約0.1mmの範囲、水中では根の表面です。この領域では植物から細菌に代謝物が供給されて細菌の成育を促進したり代謝を活性化したりします。一方、植物には細菌から分泌される植物成長ホルモンやリン、窒素などが供給されますし、細菌が分泌する抗生物質のおかげで病害から守られます。この持ちつ持たれつの共生関係を積極的に利用して効率的な環境浄化システムをつくれないかと考えているのです。

この研究に使われているのは過酷な環境にいる菌ではありません。私たちにとって非常に身近な、北大植物園の池にうかぶアオウキクサという植物と、その根に共生している細菌です。

アオウキクサの根には、たくさんの細菌が付着しています(写真右)。これらを回収し、フェノールやナフタレン、原油などの炭化水素類を混ぜた培地で育てると、炭化水素類を分解する能力がある細菌だけが生き残ります。それを1細胞ずつ分離して増殖させたところ、P23という細菌が最も高いフェノール分解能力を持つことがわかりました。つまりP23を利用して水中にある有害物質フェノールを分解し、水質浄化できます。

共生で、最高の能力にパワーアップ!

【Q】共生によるお互いのメリットは?

【森川】P23はアオウキクサの根に付着することで安定します。この動画は水中にP23を入れて観察したものです。最初は水が濁って見えますが、P23が根に移動するので、しだいに水が澄んできます。付着したP23は、根から放出される代謝産物や光合成で作られる酸素を利用して活動します。

さらにおもしろいことにアオウキクサは、根にP23が付着するとよく増えるようになります。最近、P23が植物の成長を促進する物質をつくることを突き止めました。フェノールの分解に注目して始めた研究の中で、これは想定外の世界初となる発見でした。また、P23が付着したアオウキクサの根は無菌のものよりも短くなります。根が長く伸びるのはリンや窒素が不足している証拠なので、P23がこれらの栄養を与えているか根の吸収力を高めているのでしょう。共生の結果、太陽光を当てておくだけでフェノールが分解され続けるサイクルが成立します。これはまさに “Win-Win” の関係といえます。

【Q】共生すると分解効率がよくなるのですか?

【森川】P23は水中に浮遊して単独生活をするときより、根に付着したときのほうがはるかに効率よく働きます。共生の効果がもっとはっきりしているのは、同じくアオウキクサの根圏で原油を分解するO7という細菌です。O7は浮遊状態とガラスに付着した状態とでは分解できる原油成分の種類が異なり、アオウキクサに付着するとすべての成分を分解します。つまり、根に付着したときに最高の能力を発揮するというわけです。

研究の信念は「理学」と「工学」両側面からのアプローチ

【Q】これは何ですか?

【森川】細菌が根の表面に付着してバイオフィルムを形成している様子です。バイオフィルムというのは細菌が集まってぬるぬるした塊になったもので、わたしたちの身のまわりでは「流しや浴室のぬめり」などです。

おもしろいことに、バイオフィルムになると細菌間で役割分担のようなことが起こります。たとえば下層にいる細菌は胞子体をつくらないのに、表面近くの細菌は胞子体を作る。まるでバイオフィルム全体が1つの個体であるかのようです。接触する細菌どうしは物質のやりとりをしていること、化学物質を介してコミュニケーションしていることがわかってきました。ひょっとすると、ここに単細胞から多細胞への進化の謎を解くカギがあるかもしれません。

【Q】小さな微生物に無限の可能性がありますね!

【森川】そうですね。10年後には、太陽エネルギーを動力として環境を破壊せずにわたしたちの役に立つ、植物と微生物の共生システムを創るのが目標です。これを利用すると、水質浄化だけでなく、ふえた植物が食用やバイオエタノールの原料になる可能性もあります。

これからも、ミクロ生命の不思議を追求する理学的な研究と、そこで得られた成果を利用し実用化する工学的な研究の両方に取り組んでいきたいと思います。