研究トピックス

ヒメツリガネゴケ植物の能力を知り、人との共存をめざす

細胞1つ1つになるまでバラバラにされても、あっという間に再生を始めるコケ。一見デリケートな植物に見えますが、意外に乾燥にも強くしたたかです。その遺伝子には、水中から地上に現れ5億年もの時間を生き抜いてきた植物の知恵が詰まっているはずです。植物の能力の秘密と進化に迫る藤田先生にお話を伺いました。

【Q】=インタビュアー

動けない植物のすごい能力

【Q】先生の研究テーマをお聞かせください。

【藤田】植物は動物と違って、組織の小さな一片から個体を再生できますし、屋久杉のように一個体がたいへん長生きするものもあります。自力で動くことができない分、海岸や極地、高地など過酷な環境でも生き延びる能力も持っています。こういう植物の能力を掘り起こして「自然ってこんなにすごいんだ」という思いを持ちながら人間と植物の共存を考えるのが大きなテーマです。

具体的には、植物のからだがつくられるしくみと、環境に適応する能力に関心があり、それを細胞レベルと遺伝子レベルで解明しようとしています。

【Q】ほかに、コケならではの特徴はありますか?

【藤田】コケ植物は約5億年前に水中から地上に出てきました。気温や湿度の変化が大きく、紫外線も降り注ぐ地上の環境にこれまでどうやって適応してきたのでしょうか。実際、コケは日照や湿度などの条件に敏感で、採集してきて実験室で培養してもなかなかうまく育ちません。一方ゆっくり乾燥させていくと、90%もの水分を失っても枯死することはなく、水を与えると再生します。裸子植物や被子植物は、そこまで乾燥させると水分を与えてももう生き返りません。根や維管束で水分を得られるように進化した代わりに、乾燥に耐える能力を失ったのかもしれませんね。他の植物にはないコケの適応能力を知ることができれば、乾燥に強い植物をつくり出せるかもしれません。

からだづくりのカギは「不等分裂」

【Q】先生が研究に使われているのはヒメツリガネゴケですね。

【藤田】はい。ヒメツリガネゴケは、特に強い再生能力を持っています。植物細胞の細胞壁をある酵素で溶かして細胞膜だけにしたものを、プロトプラストといいます。ヒメツリガネゴケのプロトプラストは、とても秩序正しく再生するんですよ。

最初に大きい非幹細胞と小さい幹細胞に分裂します。このように不均等な娘細胞ができる分裂のしかたを「不等分裂」といいます。

非幹細胞は、その後の運命が決まっていて、分裂をやめ原糸体に分化します。一方、幹細胞はそのまま分裂を続け、いつまでも非幹細胞と幹細胞を生み出します。また面白いことに、原糸体に分化した非幹細胞の一部はあるとき再び幹細胞となり不等分裂を再開し、側枝を伸ばして原糸体を二次元に広げていきます。このように分裂した細胞の1%くらいは芽となり、さらに茎や葉に分化します。

【Q】不等分裂することで植物のかたちができていくのですね。

【藤田】そうです。そこで、ヒメツリガネゴケの不等分裂に異常を起こす遺伝子を探そうと考えました。「これは」と思う遺伝子をピンポイントで狙ってそこだけ入れ換える「相同組換え」という手法があります。この方法を使って、不等分裂に関係しそうな遺伝子を壊し、変化を観察します。ヒメツリガネゴケは相同組換えを起こしやすいので、こういう遺伝子レベルでの解析に適しているのです。今のところ10個ほどの遺伝子に注目しています。さらにGFP(緑色蛍光タンパク質)を使って、この遺伝子からつくられるタンパク質が不等分裂にともなって偏在することも確認しています。

 

先ほど、傷がシグナルとなってからだづくりに必要な遺伝子のスイッチが入ると言いました。傷と遺伝子をつなぐものが何なのか、細胞レベルでの観察と、遺伝子レベルでの解析をすすめているところです。さらに物理的計測や化学的な物質変化、数学の知識を使ったコンピュータシミュレーションを組み合わせて理解する必要があると考えています。生物学にとどまらない、理学全体の力の連携が必要になってきます。

コケを愛する「和のこころ」

【Q】これ、かわいいですね! 先生にとってコケの魅力は?

【藤田】これは相同組換えを起こしたコケを選んで増やしているところ(上の写真)、こっちはコケが培地全面にふえたものです(下の写真)。「見ていると和む」と言って、学生がこんな人型プレートをつくってくれました。

日本人は苔寺や苔盆栽など世界中の人々のなかでもとりわけコケを愛でる心を持っています。コケは荒れ地に最初に生え、世代交代するうちに有機物を蓄えて土をつくり、新しい生態系を生み出すパイオニアです。将来、砂漠や宇宙に土をつくって作物を育てられるようにするためにはコケの能力がとても重要になります。日本から世界へ、もっともっとコケの魅力を発信していきたいですね。