教員

微生物との相互作用が支える、植物の「椽(えん)の下の力持ち」

中野 亮平教授/NAKANO, Ryohei Thomas

形態機能学系
研究分野
植物微生物相互作用、分子遺伝学、細胞生物学 生化学、分子生態学
研究テーマ
微生物叢(マイクロバイオータ)が植物の生育や免疫に与える影響とその分子メカニズムを、分子生物学的に、時空間的な分解能をもって理解したい。

自然環境で生きる植物は、大量の微生物に晒されています。私たちの腸内や皮膚が微生物で覆われているように、植物の根や葉にも様々な微生物が定着していて、「植物マイクロバイオータ」という微生物コミュニティ(微生物叢)を形成しています。私たちは、これらの《常在微生物》が《植物の生長や防御》に与える影響に着目して研究を進めています。

図1 (左)私たちが主に取り扱っている「シロイヌナズナ」という植物が、実際に野外で自生している写真です(ドイツ時代の中野の自宅前で撮影)。(中央)その土を掘り返して培養培地にまいてみると、たくさんの細菌や真菌が生えてきます。(右)このような土で育った根を、特別な蛍光色素で染色してみると、多くの微生物が検出されます。これらの微生物のコミュニティとしての相対を、「植物マイクロバイオータ」と呼びます。

植物の根は、水や栄養を吸収して葉や花が育つのを地下から《椽の下の力持ち》として支えるために、極めて多様な微生物が暮らす土壌の中へ深く広く伸びていかねばなりません。これらの微生物の中には、植物の生長を助ける有用菌もいれば、一歩間違えれば甚大な病害を引き起こす病原菌もいます。こういった微生物と「正しく」やりとりするために、植物には《植物免疫》というシステムが備わっています。植物はこの免疫機構を駆使して、病原菌による感染から身を守っています。

ところが、免疫があまり活性化しすぎると、それによって生長が悪くなってしまうことも知られています。免疫が暴走することで発症するアレルギーや花粉症と似ています。常に微生物に晒された土壌のような環境で、植物がどのように成長と防御のバランスを取っているのか長年の謎だったのですが、私たちは最近、植物マイクロバイオータを構成する常在微生物がこのバランス調整に大きな役割を担っていることを明らかにしました。

図2 (左)免疫を過剰に活性化すると植物の生育は悪くなります。一部の植物常在細菌はこの反応を抑制することができます。(右)根端での細胞分裂・分化の制御への干渉が、このような活性の鍵になると考えています。

このような機能を持った多様な常在微生物で構成される植物マイクロバイオータの存在化で、植物はどうやって生長と防御を協調的に制御しているのか。その謎を解き明かすことで、野外環境における植物の真の生き様を、分子生物学的な言葉を使って理解することができると信じています。その先には、《土壌微生物との相互作用を介した陸上植物の進化》の理解、あるいはその知見を生かした《化学肥料に頼らない持続可能な農業技術》の開発など、様々な展開が考えられます。私たちの研究室も、植物マイクロバイオータと同じように、様々な興味やビジョン、キャリアパスを描くメンバーから成る複雑な「コミュニティ」を構築して、そんな多様なコミュニティだからこそ生まれる相乗効果を大切にしながら、面白いサイエンスに取り組んでいきたいと思います。そんなコミュニティを一緒に創ってみたいと思ってくれる仲間をいつでも募集しています!まずは研究室を覗きに来てください!

メッセージ

ふと窓から外を見ると、概ねの場合、植物が目に入るでしょう。植物は風に揺れている程度で自発的には動かないつまらない生き物と思うかもしれませんが、その地上部を「椽の下の力持ち」として支える根では,植物細胞と微生物細胞が活発な会話をしているのです。これらの微生物は植物の生理現象にとても強い影響を与えますので、もはや自然環境における植物の一部である考える必要があります。植物マイクロバイオータ研究はこの10-15年で爆発的に進展した若い分野で、まだまだ未解明のことがたくさんあります。実験室と自然環境のギャップを分子生物学的に埋める、この難しい旅路を一緒に引っ張ってくれる仲間を随時募集中です。まずはフラッと研究室に立ち寄ってみてください。お待ちしています。

参考文献

Tobacco root endophytic Arthrobacter harbors genomic features enabling the catabolism of host-specific plant specialized metabolites. Tomohisa Shimasaki, Sachiko Masuda, Ruben Garrido-Oter, Takashi Kawasaki, Yuichi Aoki, Arisa Shibata, Wataru Suda, Ken Shirasu, Kazufumi Yazaki, Ryohei Thomas Nakano#, Akifumi Sugiyama#. mBio 12:e00846-21 (2021). #Co-corresponding authorship. DOI:10.1128/mbio.00846-21

A Golgi-released subpopulation of the trans-Golgi network mediates constitutive and pathogen-inducible protein secretion in Arabidopsis. Tomohiro Uemura*, Ryohei Thomas Nakano*, Junpei Takagi, Yiming Wang, Katharina Kramer, Iris Finkemeier, Hirofumi Nakagami, Kenichi Tsuda, Takashi Ueda, Paul Schulze-Lefert, and Akihiko Nakano. Plant Physiol. 179 (2) 519-532 (2019). *Co-first authorship. DOI:10.1104/pp.18.01228

Modular Traits of the Rhizobiales Root Microbiota and Their Evolutionary Relationship with Symbiotic Rhizobia. Ruben Garrido-Oter*, Ryohei Thomas Nakano*, Nina Dombrowski*, Ka-Wai Ma, The AgBiome Team, Alice C. McHardy, and Paul Schulze-Lefert. Cell Host & Microbe 24(1), 155–167 (2018). *Co-first authorship. DOI:10.1016/j.chom.2018.06.006

PYK10 Myrosinase Reveals a Functional Coordination between ER Bodies and Glucosinolates in Arabidopsis thaliana. Ryohei Thomas Nakano, Mariola Piślewska-Bednarek, Kenji Yamada, Patrick P. Edger, Mado Miyahara, Maki Kondo, Christoph Böttcher, Masashi Mori, Mikio Nishimura, Paul Schulze-Lefert, Ikuko Hara-Nishimura, and Pawel Bednarek. Plant J. 89: 204-220 (2017) DOI:10.1111/tpj.13377

マイクロバイオータ

野外では健康な植物の表面や中には多種多様な微生物が常在しています.動物の腸内細菌叢にもよく似たこの微生物コミュニティを,植物マイクロバイオータと呼びます.

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植物免疫

抗体を使った獲得免疫や免疫に特化した特殊細胞を持たない植物は,身を守るために個々の細胞がそれぞれに病原菌と戦わないといけません.動物とは根本的に考え方の違う植物の防御戦略を,総じて植物免疫と呼びます.

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根の発生制御

植物の根は,水分や栄養分の濃淡,重力や光などに応じて伸びていきながら,同時に土壌病原体から身を守らなければなりません.細胞を増やす分裂組織や水や栄養の吸収を担う根毛,地上部と水や栄養のやり取りをするための中心柱とそれを守るための様々な戦略を駆使する内皮細胞(endodermis)など,色々な組織を作り上げていくことでその複雑な任務を遂行します.このような根の組織づくりを,根の発生制御と呼びます.

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成長と防御のトレードオフ

芽生えた場所から動くことのできない植物は,その与えられた場所で身を守ることと生長することを両立しないといけません.そのために植物は,伸びることをやめて守る時と,守ることをやめて伸びる時を使い分けているように見えます.これを「成長と防御のトレードオフ」と呼び,植物が使えるエネルギーや資源が限られているためと説明されてきましたが,近年そうではないかもしれないということが少しずつ明らかになってきています.このトレードオフは植物免疫に関する知見をそのまま耐病性作物の作出に繋げられない足枷のひとつとなっていて,この制御の理解は農学的にも非常に重要なトピックとして注目を集めています.

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環境応答

動物は暑ければ涼しいところへ逃げ,寒ければ暖を求めて歩き回ります.植物はその芽生えた場所で時々刻々と変化する環境に対応しながら生存を確保していかないといけません.そのために,植物は極めて多様な環境応答システムを保持しています.最近の研究から,そのそれぞれがお互いに絡み合っていることがどんどん明らかになっていて,この複雑な環境応答ネットワークの解明こそが野外での植物の真の生き様の理解に不可欠であると考えられています.

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マルチオミクス

細胞には様々な遺伝子やタンパク質,代謝物が存在しています.そのひとつひとつに注目するのではなく,それらを総体として捉えて研究することをオミクス研究と呼びます.遺伝子,転写産物,タンパク質,代謝産物のオミクス(それぞれゲノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクス)が有名ですが,近年の技術発展でさらに対象がどんどん広がっています.これらの様々なオミクス研究を統合して,その間の関係性を紐解き,細胞全体の振る舞いを究極的に記述・理解することを目指すのがマルチオミクス研究です.

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バイオインフォマティクス

マルチオミクスのような極めて複雑で大規模なデータを扱うには洗練された解析システムが必要になります.生物由来の多様なデータを統計的に正しく解析し,そこから重要な情報を正確に抽出するためのアルゴリズムを開発していくのが狭義のバイオインフォマティクスですが,そうした研究によって開発された手法を用いてデータを解析することを広義のバイオインフォマティクスと捉えることもあります.私たちは自分たちでアルゴリズムの開発はしませんが,様々なアルゴリズムを組み合わせて最適な解析を行うためのパイプラインを開発したり,そのために最適なデータの取り方を検討したりしています.

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植物微生物分子生態学研究室 (形態機能学講座III-b)

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