食卓からもたらされた新発見—海生ハリガネムシの新たな寄生相手を報告
多様性生物学系の角井敬知講師が,一般の方から提供を受けたサンプルをもとに,オオズワイガニに寄生するハリガネムシを初めて報告する論文を発表しました。
ハリガネムシは類線形動物門に属する動物の総称で,カマキリのおしりを水に浸けると現れる針金のような動物として有名です。ほとんどの種は陸水域に生息していますが,海域に出現する種もわずかに知られています。海生種の一生についてはいまだ不明な点が多いものの,幼体はエビやカニ,海生ワラジムシなどの内部寄生者であることがわかっています。これまでに寄生相手(宿主)として約30種の甲殻類が報告されていますが,宿主の内部という見つかりにくい場所にいることや基本的に寄生率が高くないことから,多くの未発見の宿主が存在していると考えられます。なお日本国内からはケガニ,ツマベニホンヤドカリ,ヤマトスナホリムシ(海生ワラジムシの一種)への寄生例が報告されていました。
オオズワイガニChionoecetes bairdiはベーリング海でよく漁獲されているカニです。日本周辺での漁獲量は多くありませんが,ときに大発生が見られることがあり,最近では2023年以降,北海道えりも沖で大発生したものが漁獲され国内に多く流通しています。今回の研究は,北海道産のオオズワイガニを茹でて食べようとされていたヤマモトリエコさんから,ハリガネムシのような寄生虫をカニの体内から見つけたという知らせが角井講師にあり,サンプルを送っていただいたことから始まりました。2個体の提供があり,形態情報とDNA配列情報をもとに研究を行ったところ海生ハリガネムシの一種Nectonema sp.であると確認されました。オオズワイガニからのハリガネムシの報告はこれまでなかったことから,DNA配列情報をもとにした系統解析結果を含めた論文としてまとめました。
数十年前から食用として利用されているオオズワイガニからこれまでハリガネムシの報告がなかった理由は不明です。もしかしたら過去に誰かが見つけていたものの,ただの寄生虫だろうと捨てられてきたのかもしれません。日本で食用にされる甲殻類は,ケガニやオオズワイガニ以外にもたくさんいます。もしかしたら次はみなさんの食卓から新発見がもたらされるかもしれません(なお茹でたハリガネムシによる健康被害の報告はありせん)。
図.海生ハリガネムシの一種Nectonema sp.(矢印)の摘出前後のオオズワイガニ(A,B)と,摘出したNectonema sp.(C)。スケールは2 cm。ヤマモトリエコさん撮影。
発表論文:Kakui K (2024) First report of Nectonema horsehair worms (Nematomorpha) parasitic in the Tanner crab Chionoecetes bairdi, with a note on the relationship between host and parasite phylogeny. Diseases of Aquatic Organisms, 159: 153–157.
URL:https://doi.org/10.3354/dao03815
著者最終稿へのリンク:http://hdl.handle.net/2115/93071