オスカー(oskar)遺伝子は転写因子Crebに働きかけて長期記憶を制御する
行動神経生物学系の水波誠先生(2023年3月退職。現名誉教授および電子科学研究所客員研究員)の研究グループは、ハーバード大学エクスタバー・キャサンドラ(Extavoir Cassandra)教授のグループとの共同研究により、ショウジョウバエにおいて生殖質形成を制御するoskar遺伝子が、フタホシコオロギにおいては神経幹細胞で発現し長期記憶形成の制御に関わることを発表しました。本研究は10年にわたる共同研究の成果で、水波研の大学院生や博士研究員であった寺尾勘太(Kanta Terao 早稲田大学招聘研究員、東京医科歯科大学非常勤講師)、松本幸久(Yukihisa Matsumoto 東京医科歯科大学助教)、李耀龍(Yaolong Li . 京都大学医学部博士研究員)、渡邊崇之(Tatayuki Watanabe 総合研究大学院大学助教)、が共著者として加わっています。以下、水波先生による解説です。
生物が新規に獲得した遺伝子は新しい生物学的なメカニズムの進化を引き起こす可能性、あるいは、すでに存在していた調節回路に組み込まれて既存機能の新しい制御に貢献する可能性を持ちます。そのような遺伝子の1つにオスカー(oskar)という昆虫に特異的な遺伝子があります。この遺伝子は完全変態昆虫のショウジョウバエでは生殖細胞系列の確立に役目を果たすことが知られていますが、系統の古い不完全変態昆虫では同様な機能を持たないとされています。私たちはこの遺伝子が、生殖細胞系列を決める機能を獲得する以前にも、なんらかの細胞機能を持っていたのではないかと推測しました。本研究で私たちは不完全変態昆虫のフタホシコオロギの神経幹細胞でoskarが発現していることを示しました。ニューロブラストと呼ばれるこれら神経幹細胞でのoskarの発現は、起源が古い転写因子であるCrebと共に、匂いの長期記憶形成に必須であることが分かりました。oskarの発現は短期記憶の形成には必要ありませんでした。Crebは哺乳類を含む多くの脊椎動物、無脊椎動物で長期記憶形成に役割を果たす転写因子ですが、コオロギではoskarはCrebに正の制御をすること、一方oskar はCrebの標的分子らしいことがわかりました。コオロギやショウジョバエでのoskarの神経系の発生や機能についてのこれまでの報告と総合すると、私たち結果は、oskar の元々の細胞機能は昆虫の神経系の働きの制御にあったという仮説を支持しています。
Oskarのキノコ体ケニオン細胞の細胞体層での発現。記憶中枢であるキノコ体を構成するケニオン細胞の細胞体層の中心部にケニオン細胞を産生する幹細胞群があり、in situ hybridizationによりそこでのOskarの発現が確認される。
論文名:oskar acts with the transcription factor Creb to regulate long-term memory in crickets
著者名:Arpita Kulkarni, Ben Ewen-Campen, Kanta Terao, Yukihisa Matsumoto, Yaolong Li, Takayuki Watanabe, Jonchee A. Kao, Swapnil S. Parhad, Guillem Ylla, Makoto Mizunami, Cassandra G. Extavour.
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Science 120, e2218506120 (2023).