研究トピックス

昆虫の社会学習においてオクトパミンニューロン報酬情報を伝える:昆虫にも「ミラーニューロン」があるのか?

行動神経生物学系の水波誠先生(2023年3月退職。現名誉教授および電子科学研究所客員研究員)の研究グループは、フタホシコオロギの社会学習についての論文を発表しました。大学院生の瀬木優真と橋本光平が行なった研究で、コオロギの社会学習が「2次条件付け」という学習過程により起こること、また報酬情報を伝えるオクトパミンニューロンがこの学習をもたらすことを示唆したものです。興味深いことに2次条件づけ仮説が正しければ、自身が水場で水を飲む時に活動するオクトパミンニューロンが、他個体が水場にいるのを観察した時にも発火すること、この「ミラー様の神経活動」によって社会学習が起こることが予想されます。以下は水波先生による解説です。

社会学習は多くの動物で知られていますが、その神経機構には未解明の点が多いです。私達はコオロギに他個体がある特定の水場にいることを観察させると、その水場の匂いに対する嗜好性が高まること、また学習した匂いへの嗜好性の反応は、匂いと水(報酬)との連合に基づくことを報告しています。本研究ではこの学習が「2次条件付けsecond-order conditioning」によって起こるという仮説について検証実験を行いました。

2次条件付け仮説では2段階の学習が想定されます。まず飼育下のコオロギが集団飲水するとき(第一段階)、水場にいる他個体(条件刺激, conditioned stimulus 1, CS1) と水(無条件刺激, unconditioned stimulus, US)との間での連合学習を起こると想定されます。実験室での社会学習訓練時には(第二段階)、水場の匂い(CS2)が水場にいる他個体(CS1)に連合し、2つの連合が組み合わさって水場の匂い(CS2)と 水(US)の連合が起こると想定されます。   

私達の以前の研究によりコオロギの2次条件付けにおいて、報酬(水)の情報をコードするオクトパミンニューロンの活動が第二段階の条件付けを担い、また学習成立後の学習行動の遂行も担うことを明らかにしています。そこで本研究において社会学習訓練の前、及び訓練後のテストの前にオクトパミン受容阻害剤の投与を行なうと、社会学習、及び学習行動の遂行が阻害されました。これは社会学習の2次条件付け仮説を支持する結果です。

興味深いことに、2次条件付け仮説は、集団飲水時にコオロギが水を飲むと反応するオクトパミンニューロンは、社会学習訓練時に他個体が水場にいるのを見ると自身が水を飲まなくても反応すること、またそのような「ミラー様」の神経活動により社会学習が媒介されることを示唆しています。

ヒトやラットの忌避性の社会学習では、自身が侵害刺激を受けたときに活動するニューロンが、他個体が侵害刺激を受けるのを見た時に活動すること、またこのような「ミラー様の神経活動」が社会学習の成立をもたらすとの研究があります。コオロギの社会学習も、哺乳類と同様にミラー様神経活動によって起こるとすれば、哺乳類と昆虫の社会学習のメカニズムには、系統を超えた共通性があることになります。本当に昆虫の脳に「ミラーニューロン」があるのでしょうか?今後の検証実験が待たれます。

図:報酬性社会学習の2次条件付け仮説。Stage1:飼育下での集団飲水時に、他個体(条件刺激1,CS1)と水(報酬または無条件刺激US)の連合が起こる。Stage 2:社会訓練時に水場にいる他個体(CS1)を観察すると、水の情報(US)をコードし報酬学習をもたらすオクトパミンニューロンが活性化され、水場の匂い(CS2)と他個体(CS1)の連合、さらには水(US)との連合が起こる。Test: 訓練後にコオロギに水場の匂いを提示すると、水(US)の情報をコードするオクトパミンニューロンが活性化され、匂いへの反応(条件反応, conditioned response, CR)が起こる。

論文名:Octopamine neurons mediate reward signals in social learning in an insect (昆虫の社会学習においてオクトパミンニューロンは報酬情報を伝える) 著者:Yuma Segi, Kohei Hashimoto, Makoto Mizunami. (2023)  瀬木優真、橋本光平、水波誠

雑誌:iScience, 26, 10661. https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106612.