霊長類の旨味受容体の進化を解明!~ヒトは樹の上の葉に含まれるグルタミン酸に旨味を感じるよう進化した~
生態遺伝学系の早川卓志先生と国際共同研究チームは、霊長類が持つ「旨味(うまみ)感覚」の遺伝子、細胞機能、行動、生態について網羅的に調査し、その結果をオープンアクセス論文として発表しました。北大のプレスリリースにもあります通り、ヒトがグルタミン酸に旨味を感じるようになった進化背景と、その理由を解明しました。以下、早川先生による解説文です。
日本人にとって、「旨味(うまみ)」はとてもなじみの深いものです。例えば昆布だしの正体は、アミノ酸のひとつであるグルタミン酸です。グルタミン酸の旨味は、鰹だしであるイノシン酸などのヌクレオチドと合わせることで増強されます。いわゆる「合わせだし」です。
ところが、過去の研究から、いくつかのサル類、マウス、イヌやネコなどでは、必ずしもグルタミン酸単体に旨味を感じてはいない可能性があることがわかっていました。そこで本研究チームは、類人猿からキツネザルまで17種の霊長類と、イヌやネコなどの5種の非霊長類の旨味受容体遺伝子がどのように細胞で機能しているか解析をおこない、さらに行動実験や野外調査を組み合わせて、「なぜヒトはグルタミン酸に旨味を感じるのか?」という問いに答えました。
その結果、グルタミン酸に旨味を感じることができるのは、いくつかの大型の霊長類(ヒトを含むアジア・アフリカの狭鼻猿類と中南米のクモザル類、中南米のサキ類、ワオキツネザル)に限られるということがわかりました。これは遺伝子レベルでの平行進化の結果です。一方で、祖先的な小型の霊長類は、グルタミン酸単体の旨味を感じることができず、代わりにイノシン酸やアデニル酸の旨味に応答することがわかりました。
さらに、屋久島でニホンザルが食べている食べ物の旨味成分を調べたところ、昆虫にはアデニル酸などのヌクレオチドがたっぷり含まれている一方で、果実や葉にはあまりほとんど含まれておらず、含まれているのはアミノ酸であるグルタミン酸だということがわかりました。
つまり、昆虫にタンパク源を依存していた祖先的な霊長類は、昆虫によく含まれているアデニル酸に特化した旨味受容体を持っていましたが、霊長類の各系統で独立にあらわれた大型の霊長類は、昆虫だけではタンパク源を補えなくなり、樹上の葉にタンパク源を依存するようになって、葉が相手でも「旨味」として感じられるグルタミン酸型に旨味受容体を進化させたのです。
葉はそもそも二次代謝物が凝縮されていて「美味しくない」はずなのに、ヒトを含む大型の霊長類がぱくぱく食べれるのは、旨味感覚が「美味しさ」として助けているからなのでしょう。我々ヒトが、かつて樹上で生活していたサルだったころ、樹上の葉を食べて暮らしていたからこそ今の味覚があるんだと考えると、感慨深いものがあると思います。
葉を食べる野生の霊長類。ニシチンパンジー(左上)、ボルネオオランウータン(右上)、ヤクシマザル(左下)、アヌビスヒヒ(右下)
発表論文:Yasuka Toda, Takashi Hayakawa, Akihiro Itoigawa, Yosuke Kurihara, Tomoya Nakagita, Masahiro Hayashi, Ryuichi Ashino, Amanda D. Melin, Yoshiro Ishimaru, Shoji Kawamura, Hiroo Imai, and Takumi Misaka (2021) Evolution of the primate glutamate taste sensor from a nucleotide sensor. Current Biology (in press)(https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.08.002)