トランスポゾンと宿主のせめぎ合いについて新たな現象を発見
形態機能学系の伊藤秀臣先生の研究グループは、ウィスコンシン大学(アメリカ合衆国)との共同研究によって、DNAメチル化の新しい役割を解明し、論文発表しました。北大のプレスリリースでも掲載されています。以下、伊藤先生による解説です。
われわれヒトを含むほぼすべての生物のゲノム中には、トランスポゾンと呼ばれる動く遺伝子が多数存在しています。この動く遺伝子の無秩序な転移は、宿主である生物にとって、有害になることがあります。そのため、通常トランスポゾンはDNAのメチル化によって、その活性が抑制された状態にあります。しかし、あるグループのトランスポゾンは環境ストレスによって、活性化することが知られています。
本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナで見つかった高温ストレスで活性化するトランスポゾン「ONSEN」に着目し、その制御機構を解析しました。本研究では、DNAのメチル化酵素の変異体をもちいてONSENの転写活性を解析したところ、予想に反してDNAメチル化酵素の変異体でONSENの転写量が減少しました。一般的には、DNAのメチル化はトランスポゾンの転写を抑制する効果があるため、DNAメチル化酵素の変異体では転写量が増えるはずでしたが、ONSENは一般的なトランスポゾンと異なり、DNAのメチル化を自らの転写抑制に対する防御機構として利用していることになります。
さらに詳しく調べてみると、DNAメチル化酵素の変異体では、他のDNAメチル化酵素の局在が変化し、ONSENのメチル化を補っていることがわかりました。植物ではCG配列、CHG配列、CHH配列(H:A, T, G)におけるCのメチル化という3つのタイプがあり、それぞれ異なる分子機構により制御されています。このことから、今回見つけた現象は、宿主植物であるシロイヌナズナにとっては、DNAのメチル化を担う酵素が働かなくなってしまった場合のバックアップ機構として、他のDNAメチル化酵素を用いたトランスポゾンの抑制機構であると考えられます。
本研究で得られた結果は、長年考えられてきたトランスポゾンと宿主のせめぎ合いについての新しい現象と考えられ、両者の巧みな生存戦略を理解するうえでの新しい知見を得ることができました。
ONSENの転写制御モデル:野生型では、ONSEN領域のCMT3がCMT2の局在を抑制している。cmt3変異体では、CHH配列に結合することを許されたCMT2が、CHHのメチル化レベルを上昇させる。その結果、メチル化されたCHHを指標として、H3K9me2レベルが上昇することで、ONSENの転写量が減少する。
論文情報:Kosuke Nozawa, Jiani Chen, Jianjun Jiang, Sarah M. Leichter, Masataka Yamada, Takamasa Suzuki, Fengquan Liu, Hidetaka Ito, Xuehua Zhong (2021) DNA methyltransferase CHROMOMETHYLASE3 prevents ONSEN transposon silencing under heat stress. PLoS Genetics 17(8): e1009710.(doi: 10.1371/journal.pgen.1009710)