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エゾサンショウウオ表現型可塑性に関わる遺伝子群を同定

生態遺伝学系の三浦徹准教授の研究室では,松波雅俊博士を中心としてエゾサンショウウオの形態変化に関わる遺伝子群を網羅的に同定し,このたび論文発表しました。野生動物の形態変化を最新の分子生物学的手法を用いて解析した素晴らしい成果であり,北海道大学のプレスリリースでも紹介されています。以下,松波博士による解説です。

 

生物の中には環境に応じて,柔軟にその形態を変化させる能力を持つものが存在します。北海道に生息するエゾサンショウウオの幼生は捕食者であるヤゴと共存するときは尻尾と外鰓が発達した防御に特化した形態に変身します。一方で,被食者であるオタマジャクシと共存する場合は,頭部が巨大化し捕食に有利な攻撃型の形態を示します。このような形態変化は,その生息環境にあわせて柔軟に制御されていることが知られていますが,どのような遺伝子や分子機構がこのような形態変化を制御しているかはわかっていませんでした。そこで今回,形態変化が起こる過程でどのような遺伝子の発現が変動しているかを知るために次世代シーケンサー(大規模塩基配列解読装置)と呼ばれる技術を用いて網羅的に遺伝子の発現変化を調べました。

まず,野外でエゾサンショウウオの卵・オタマジャクシ・ヤゴを採集し,実験室での形態変化の誘導実験を行いました。誘導実験を行う過程で,様々な組織から経時的に遺伝子(RNA)を抽出しました。次に,抽出した遺伝子に対して次世代シーケンサー(大規模塩基配列解読装置)を用いることで,網羅的な塩基配列の解読に成功しました。その結果得られた大規模な塩基配列情報を,大型計算機(スーパーコンピューター)を用いて解析し,遺伝子の発現量の変化がどのように起こっているかを調べました。

発現解析の結果,以下の2点が明らかになりました。1) 防御型における発現変動遺伝子数は,攻撃型における発現変動遺伝子数より,約5倍多いことがわかりました。攻撃型では頭部の形態のみが変化するのに対して,防御型では尻尾・外鰓など様々な形態変化が起こります。従って,防御型では攻撃型に比べて多くの形態変化が引き起こされるため,この発現変動遺伝子数の違いは,それを反映しているのではないかと考えられます。2) 脳において活性酸素関連の機能を持つ遺伝子は,攻撃型・防御型でともに発現量が上昇していました。生物が代謝量を上昇させるとき,より多くのエネルギーを作り出すために酸素の消費量が上昇します。形態が変化する際には,形態を改変するためにより多くのエネルギーを作り出す必要があり,そのために酸素の消費に必要な活性酸素関連遺伝子の発現が上昇したと考えられます。

今回,異なる形態変化を引き起こす過程でそれぞれの形態変化に特有の分子機構と共通の分子機構が存在することが示されました。先行研究において尾高が高くなる防御型形態は広く両生類全般で見られるのに対して,頭部が大きくなる攻撃型形態は有尾両生類でしか報告されていません。従って,防御型形態変化はより祖先的な形質であり,両生類の祖先で獲得されたと予想されます。一方,攻撃型形態変化は有尾両生類が他の両生類と分岐してから初めて獲得された形質であると考えられます。これらの事実と今回の結果から,これまで存在している分子機構がある程度流用されたため(co-option),異なる形態変化が起こる過程で発現変動遺伝子の共有が観察され,その上でさらに各形態変化特有の遺伝子発現の変化が獲得され新たな形態変化の能力が進化した可能性があることがわかりました。

本研究では,これまで難しいとされていた野外生物の網羅的な遺伝子発現解析に成功し,両生類の形態変化の分子機構の一端を解明しました。研究の結果,得られた塩基配列情報は,両生類の進化を調べることに非常に役に立ちます。これまでよくわかっていなかった両生類の形態変化の分子機構がわかったことで,このような形態変化の能力がどのように進化してきたかという問題に新たな知見が提供されました。今後は,今回,明らかになった分子機構が他の生物でも共通に見られるかを調べることで,さらに形態変化の進化がどのように起こるかの理解が深まるのではないかと期待されます。

 

(写真) 餌であるエゾアカガエル幼生が存在すると頭部が大きくなる
(写真) 餌であるエゾアカガエル幼生が存在すると頭部が大きくなる

 

Masatoshi Matsunami, Jun Kitano, Osamu Kishida, Hirofumi Michimae, Toru Miura, and Kinya Nishimura (2015) Transcriptome analysis of predator- and prey-induced phenotypic plasticity in the Hokkaido salamander (Hynobius retardatus). Molecular Ecology 24: 3064-3076