研究トピックス

日本の動物園で飼育されてきたクモザル120年の歴史を遺伝学的に解明

関連教員

大学院環境科学院博士後期課程の北山遼氏と生態遺伝学系の早川卓志助教らの研究グループは、公益社団法人 日本動物園水族館協会と、公益財団法人 日本モンキーセンターとの共同研究で、日本の動物園31園で飼育されている計127頭のクモザル(クモザル属の仲間)の遺伝的多様性を解析しました。クモザルが最初に来日したのは1902年のことです。以来およそ120年間の飼育クモザルの世代交代や種間交雑の歴史を、今回の研究で遺伝学的に明らかにすることができました。

クモザルは、アマゾンを含む中央アメリカから南アメリカの熱帯林に生息する霊長類です。ほぼ完全に樹上で生活し、器用な尻尾を枝に巻き付けて「第5の足」のようにして木から木へと移動します。そんなダイナミックに移動する姿は動物園でも人気です。クモザルは中南米の地域によって種が分かれており、明治時代に初めて来日したころは「ジェフロイクモザル」「ケナガクモザル」「クロクモザル」の3種がいるとされていました。

その後、研究が進み、クモザルは現在7種に分けられることになりました。「ジェフロイクモザル」「コロンビアクロクモザル」「ブラウンケナガクモザル」「ペルークロクモザル」「アカガオクロクモザル」「ホオジロクモザル」です。ところが動物園では長く3種のままの分類で飼育管理や繁殖がされていたため、結果的に展示の種名が正しくなかったり、種間雑種が生まれたりしてしまいました。クモザルは見た目のみでの分類は難しく、まして雑種についてはどのような種間で交配したか外見から判定するのは困難でした(図1)。

そこで北山氏と早川助教らの研究グループは今回、日本のクモザルを遺伝学的に分類することを試みました。国内31の動物園から協力を得て、127頭の血液や体毛を採取し、DNAを抽出しました。マイクロサテライトとミトコンドリアのDNAを分析することで、各個体がどの種に属するのか、あるいはどの種とどの種の交雑個体なのかを判定しました(図2)。その結果、少なくとも29個体(つまり日本で飼育されているクモザルの約20%)が種間交雑個体であることが判明しました。

7種のクモザルはすべて絶滅危惧種であると評定されています。日本にはそのうちの4種(ジェフロイクモザル、コロンビアクロクモザル、ブラウンケナガクモザル、ペルークロクモザル)がいると判定されました。絶滅の危機に瀕したクモザルを野生の生息地で保全するだけでなく、動物園での繁殖による個体群の保護や、展示することでの教育普及を実施することも不可欠です。これを域外保全と言います。今回、判定されたクモザルの種の情報は、域外保全を目的に、日本動物園水族館協会と各動物園での繁殖プランや展示において、今後、活用されることになります。

図1 クモザルの特徴と交雑個体。ジェフロイクモザルとコロンビアクロクモザルの交雑個体では、ピンク色の目の周りの皮膚をジェフロイクモザルから、黒い体毛をコロンビアクロクモザルから、特徴を受け継いでいる。一方、コロンビアクロクモザルとブラウンケナガクモザルの交雑個体では、黒い体毛をコロンビアクロクモザルから、ひたいの白い模様をブラウンケナガクモザルから受け継いでいる。写真撮影:北山遼、綿貫宏史朗。

図2 母系遺伝するミトコンドリアの遺伝子解析によって再分類されたクモザルの内訳。例えば、旧分類でジェフロイクモザルとされていた71頭は、ミトコンドリアではジェフロイクモザル64頭、コロンビアクロクモザル6頭、ブラウンケナガクモザル1頭に再分類された。このうち、ミトコンドリアでジェフロイクモザルと判定されたうちの5頭は、父系の情報も含むマイクロサテライトで調べると雑種だった。また、コロンビアクロクモザルと判定されたうちの5頭も父系情報を加えると雑種だった。

 

論文情報
論文名:Population genetics of captive spider monkeys in Japan for ex situ conservation(域外保全に向けた日本で飼育されているクモザル類の集団遺伝学研究)
著者名:北山遼1、白井温2、根本慧3、田和優子3,4、綿貫宏史朗3,4、早川卓志4,5

1北海道大学大学院環境科学院、2狭山市立智光山公園こども動物園、3日本モンキーセンター、4京都大学野生動物研究センター、5北海道大学大学院地球環境科学研究院)
雑誌名:Primates(霊長類学の専門誌)
DOI:https://doi.org/10.1007/s10329-025-01192-6