行動神経生物学系、田中研の卒業生の池田和明君、片岡雅基君らが、ショウジョウバエを用いて論文を発表しました。
行動神経生物学系の田中研の卒業生の池田和明君、片岡雅基君らは、ショウジョウバエを用いて、視覚系の神経活動が細胞外の電気的な活動を介して嗅神経の発火頻度を変化させることを論文として発表しました。現在の神経科学では、神経細胞はシナプスを介して互いにコミュニケーションするという考えが一般的なの対して、今回の研究成果は神経細胞間のコミュニケーションにおける細胞外電場の重要性を示唆する報告となっています。なお、論文はJournal of Neuroscience誌に掲載され、This week in the Journalのコーナーでも詳しく紹介されました(https://www.jneurosci.org/content/42/46/8595)。
以下、筆頭著者の池田君による解説です。
神経細胞の細胞膜をはさんだ内外には膜電位とよばれる電位差があり、その電位差とイオンの濃度勾配を利用して神経細胞は陽イオンを取り込み、活動電位を生じます。その活動が軸索末端まで伝達されると、末端のシナプスと呼ばれる構造体から神経伝達物質が放出されて、別の神経細胞がその伝達物質を受容します。このようにシナプスを介して、神経細胞同士がコミュニケーションすることで神経情報が処理されるというのが現代の神経科学では一般的な考え方です。その一方で、活動電位の発生などに伴い、細胞外でも電位や電場の変化が生じますが、そうした変化は神経活動の副産物であり、限られた条件下、例えば隣接した神経細胞間でのみ、そうした変化を介して神経伝達(エファプス伝達と呼ばれる)が起こることで隣接する神経の活性を変化させることが報告されています。しかし、その機能については未解明の点が多い状況です。
今回の研究では、ショウジョウバエの複眼の視細胞の神経活動が触角の嗅神経の神経活動に与える影響とそのメカニズムを調べました。具体的な実験方法としては、触角の嗅神経のフェロモン応答を記録している間に、青色光の光刺激を与えることで、嗅神経の発火頻度に影響があるか、まず調べました。結果として、光刺激を与えた場合は、与えていない場合と比較して、光刺激直後では発火頻度が低下し、光刺激持続時と光刺激終了直後には発火頻度が上昇するという変化が観察されました。
このような光刺激依存的な嗅神経の活動修飾の中でも、特に光刺激持続時の変化がどのようなメカニズムで生じているか研究しました。まず、複眼を含む触角以外を黒塗りした野生型個体や、複眼がないeyes absent(eya)と呼ばれる突然変異体を用いて、光刺激依存的な嗅神経の活動修飾には複眼の光受容が必須であることを確認しました。その一方で、視細胞の神経伝達物質を欠いたhistidine decarboxylase(hdc)突然変異体や視細胞の化学シナプス伝達を遺伝学的手法で阻害した個体では嗅神経の活動修飾が観察されたことから、視細胞からの化学シナプス伝達は必須でないことが示唆されました。さらに、複眼のないeya突然変異体の頭頂に野生型の複眼を移植した個体を用意したところ光による嗅神経の活動修飾が観察できたことから、複眼の視細胞がシナプス伝達を介さずに光情報を伝播していることを明らかにすることができました。また、eya突然変異体の頭頂に移植した野生型の複眼の周辺の細胞外の電位変化をアース接続によって阻害すると嗅神経の活動修飾が観察されなくなったことから、視細胞の活動によって生じる細胞外の電位ないし電場の変化によるエファプス伝達の結果、嗅神経の活動修飾が生じたと結論づけました。
今回の研究では、視細胞が直接嗅神経にエファプス伝達をしているかどうか、視細胞がエファプス伝達した情報は他の神経に伝えられ、その上でシナプス伝達を介して嗅神経に至るのかは明らかにできていません。しかし、視覚系と嗅覚系という異なる感覚系の統合にエファプス伝達が寄与していることは衝撃であり、今まで神経活動の副産物だと考えられてきた細胞外電位や電場の変化が、神経細胞間の情報のやり取りで重要な役割を果たしていることが示唆されます。エファプス伝達の研究は、その機能をシナプス伝達と切り分けて解析したり、細胞外の電場を計測することが困難なため、未だ発展途上です。さまざまな遺伝学的なツールを利用できるショウジョウバエをモデルとしてさらに研究が進むことを期待しています。
発表論文:
Kazuaki Ikeda, Masaki Kataoka and Nobuaki K. Tanaka. (2022) Nonsynaptic Transmission Mediates Light Context-Dependent Odor Responses in Drosophila melanogaster. Journal of Neuroscience 42:8621-8628. (DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1106-22.2022)