研究トピックス

日本のシロイヌナズナ転移因子が活性化

形態機能学系の伊藤秀臣先生の研究グループは,シロイヌナズナを用いて,生息環境の違いで環境ストレス応答が異なる仕組みについての新しい知見を発表しました。この論文は,今年博士号を取得した野沢紘佑さんが中心的に行った研究成果をまとめたものであり,北海道大学のプレスリリース記事としても掲載されています。
以下,伊藤先生による解説です。

トランスポゾンは,あらゆる生物のゲノムに存在する“動く遺伝子”です。トランスポゾンが無秩序にゲノム内を転移すると,生物が生きていくために必要な遺伝子を破壊してしまい,生存に不利になることがあります。そのため,ほとんどのトランスポゾンはDNAのメチル化やヒストン修飾という修飾を受けて不活化されています。

しかし,環境ストレスによってトランスポゾンの転写抑制が一時的に解除されることが知られています。これまでの研究で,シロイヌナズナにおいて,トランスポゾンONSENが熱ストレスによって活性化されることが明らかになってきました。ONSENのゲノム上の位置やコピー数はシロイヌナズナのエコタイプ間で異なります。そこで,本研究の目的は,シロイヌナズナの自然集団由来系統(エコタイプ)において,高温ストレス下でのONSENの転写レベルを比較し,ONSENの転写制御をより深く理解することでした。シロイヌナズナには,世界各地に遺伝的に固定されたエコタイプが存在しています。エコタイプを比較してみると,葉の形や開花時期など様々な表現型の違いが見られます。今回,高温ストレスで活性化するトランスポゾンONSENの転写量をエコタイプ間で比較してみました。

本研究では,日本の各地に生息するシロイヌナズナを材料に用いて,ONSENの転写量を調べました。その結果,京都のエコタイプであるKyotoにおいて,ONSENの転写量が顕著に上昇することを見つけました(図1)。その原因を次世代シーケンサーと遺伝子マッピングという方法で特定したところ,DNAのメチル化酵素の一つであるCMT2の合成に必要な遺伝子に突然変異が見つかりました。KyotoではCMT2の機能不全によりDNAのメチル化レベルが低下し,トランスポゾンの発現量が増加したことが窺えます。さらに,DNAのメチル化と相互関係にあるヒストンH3K9me2のメチル化レベルも減少していることがわかりました。Kyotoではヘテロクロマチンの維持に不可欠なDNAのメチル化とヒストン修飾が不足していることで,高温ストレス下でのヘテロクロマチンの凝縮が緩みやすい傾向にあることも明らかになりました(図2)。

今回の研究により,自然界に存在するシロイヌナズナのエコタイプ間での環境ストレス応答の差を生み出す原因の一つとして,DNAのメチル化レベルの差が関係していることを示すことができました。

図1 日本の各地に生息しているシロイヌナズナのONSENの転写量
京都のエコタイプであるKyotoで顕著に高い発現量が見られた。

図2 高温ストレス下でのヘテロクロマチンの凝縮度合い
KyotoではCol-0に比べてヘテロクロマチンが緩みやすい傾向にある。

今回の研究結果から,シロイヌナズナはエコタイプによってエピジェネティックな修飾レベルが異なることがわかりました。今後は,植物のエピジェネティックな修飾レベルの差が生息地域の環境適応にどのような意味合いを持っているのか明らかにしていきたいと思っています。

本研究成果は,2022年7月19日(火)公開のFrontiers in Plant Science誌にオンライン掲載されました。

発表論文:Kosuke Nozawa, Seiji Masuda, Hidetoshi Saze, Yoko Ikeda, Takamasa Suzuki, Hiroki Takagi, Keisuke Tanaka, Naohiko Ohama, Xiaoying Niu, Atsushi Kato and Hidetaka Ito (2022) Epigenetic regulation of ecotype-specific expression of the heat-activated transposon ONSEN. Frontiers in Plant Science, 13:899105.(DOI:10.3389/fpls.2022.899105